白き星の名の許に

第一部 序章 03

 幾つかに連なる天幕の一つに案内された私は、簡素な木の椅子に座るよう促された。思いの外天井も高く、そして広い。どうやって作ったのだろうと天幕内を見渡していると、アンナさんが笑い出した。

「そんなに珍しい?」
「私、変ですか?」
「変というか、不思議よね」
「不思議……ですか……」

 今までにも何度か異界の英雄を招き、協力してもらったことがあるのだそうで、その英雄達は私のように真新しいものを見るようなことはしなかったと、アンナさんは何処か楽しそうに言う。

「今、アルフォンスを呼んで来るからここで待ってて」
「はい」

 アルフォンス――男性の名前のはず。アンナさんは日本名でもあったりするけど、アルフォンスは日本名ではない響きだ。アンナさんとは言葉は通じているけど、アルフォンスさんとは言葉は通じるだろうか。
 天幕の外の音が時折聞こえてくる。アンナさんにここで待つように言われたけれど、居てはいけない場所のように思えて、少し居心地が悪かった。誰か突然入ってはこないだろうか。アンナさん以外の特務機関の人に見つかったら、追い出されてしまうんじゃないか、とか。アンナさんが居ないと、より一層の不安が私に圧し掛かる。

「アスカ、入るわよ」
「は、はい!」

 突然のアンナさんの声に、思わず立ち上がってしまった。気付けば、お腹の前でぎゅっと握った両の手が、じとりと汗ばんでいた。
 アンナさんの後ろから入ってきたアルフォンスという彼は私とあまり変わらない年頃の青年だった。

「僕はアルフォンス。特務機関の一員で、この国の――アスク王国の王子だ。よろしく」
「アスカ、です……よろしくお願い、します」

 物腰の柔らかそうな、それでいて理知的で、アスク王国の王子様。そしてそう、とても――顔がいい。だから、そんな王子様だから、目が合うと気恥ずかしい気持ちになって、ぐぐっと奥歯を噛み締めた変な顔をしてしまう。アンナさんも美人でアルフォンス様もこれほど顔がいいとなると、この世界の人は皆お顔の造形が素晴らしい人ばかりなのではとさえ思ってしまう。何はともあれ、アルフォンス様と言葉が通じたのは幸いだった。

「君が元居た異界に帰りたいという話はアンナ隊長から聞いた。今のところ召喚された者を帰す術は分からないんだ。特別な儀式でアンナ隊長がアスカを召喚したわけだけど、この召喚はどの異界なのか、またいつの時代なのか、決められない。つまり、特定できない」
「帰れないってことですよね」
「……そうなるね。アスカが居た異界の扉が見つかれば可能性はあるかもしれないけれど、時までは保証出来ない……」

 アルフォンス様もアンナさんもとても申し訳なさそうな顔で私を見る。でも、申し訳ないのは私も同じだ。期待していた人ではなかったのだから。私はアスク王国を守る戦力を持たないただの人だ。元居た場所に帰りたい気持ちもあるけれど、勝手に呼ばれたとしても怒るに怒れない落ち着きが私の中にあって、私も「ごめんなさい」と謝らなくてもいいだろう言葉を口にしていた。実際にアンナさんにはたくさん気遣ってもらってる。

「謝るのは私たちよ。せめてもの償いはさせてちょうだい」
「そうだね。王都に居住出来るように手配させてもらうよ。他に何か欲しいものとかあれば何でも言って欲しい」
「あ、あのそのことなんですけど、私もここで働かせていただけないでしょうか……この国で生きていくなら何かしら働かないといけないですよね。異世界から来た身なのでいろいろと上手く出来なかったりすると思うんですが、それでもその……何かしら力になりたくて……駄目ですか?」

 ただ、放り出されるのが不安だった。それが本音。戦う力の無い私は特務機関のお荷物になってしまうかもしれないことは分かっていたけど、そうでも言わないと知らない場所へ連れていかれてそのまま置き去りにされてしまいそうに思えた。生活の保障をしてくれるのはとても助かることだけど、私は私の事情を知っている人から離れるのがとても怖く感じた。

「掃除、洗濯、料理、裁縫、ええと……荷物運びとか、そういった雑用ありませんか? ……存在意義が欲しいんです。こちらに来た、存在する意味が」
「……アンナ隊長、フェーの世話はどうだろう?」
「そうね、こちらの世界に慣れてもらうのにフェーの世話係は打って付けよね。それに、アスカが住んでいた異界の話も聞きたいしね。いいわ。アスカを特務機関に迎え入れましょう」

 アンナさんが大人の魅力たっぷりの可愛らしいウインクを私に向けてきた。女の身でもどきっとする。美人な上にとても気さくなアンナさんは私から見ても素敵な女性で、この人の下で働けると思うと胸が熱くなる。

「アルフォンス様、アンナさん、ありがとうございます! 私、精一杯働きますね!」
「ええ。よろしくね、アスカ」
「よろしく。ところで、その……僕のこともアルフォンスと呼んでくれるかい?」
「え」
「アスクの民であるなら僕をそう呼ぶのは仕方ないけど、君はアンナ隊長が儀式を通して召喚した人だ。英雄でなくても異界の客人であることに変わりはない。僕のここでの肩書はアスク王国の王子ではあるけれど特務機関の一隊員。だから、あまり畏まらないで欲しい」

 朗らかに話す美青年を前に、私は固まった。アンナさんに目で助けを求めても、「こういう王子様なのよ。真面目で少し頑固なところもあるから慣れるしかないわね」と折れることを勧められる。

「ぜ……善処します」

 私は顔のいい男の人は苦手だ、と赤くなったしかめっ面を背けながら思うのだった。