目が覚めたらアンナさんもアルフォンス様も夢の中の人だった。そんなことにならないかなと思いながら、毛布に包まって横たわる私はスマホを覘いた。電池残量60パーセント。充電していなかったけど大して使ってなかったからそんなに減ってもいない中途半端な残量具合。このスマホがあるから幾分か落ち着いて居られるのか、それともスマホがあるから余計に不安になるのか、今の自分がいつもと比べてどういう心境になっているのか分からないでいた。叫んだり泣いたりといった感情が出てこないのは落ち着いているということなのかもしれないし、でもこうして何度もスマホを握ってしまうのは不安に思うからであって――とにかく眠れない。
「パンケーキ食べたいな……」
こちらの世界の食べ物はそれなりに美味しかった。野営食なのだろうけど、お肉も野菜もたっぷりはいったビーフシチューのようなスープで、パンも少し固めだったけどスープにとても合う味だった。それでもやっぱり心寂しいのか甘いものが欲しくなる。この世界にもパンケーキがあれば良いのだけど。食べたいものを考えているうちにやってきた眠気が妙に心地良い。
「親子どん……たべたぃ……」
「アスカ、か……」
不思議な響きの名を持つ女性だった。風変わりな衣装を纏い、少し珍しい髪の色と目の色をしていた。でも、何か引っ掛かる。どこかで見たような、でもそれは彼女ではないような、答えの出ない記憶のあやふやな部分が僕の頭を支配していた。
「アルフォンス、まだ起きてるの?」
「アンナ隊長」
明かりを最小限にしていたはずだけど、入り口から漏れ出てたのだろうか。「今少し良い?」と入り口の布越しに聞かれ、僕は「どうぞ」と言いながら居住まいを正した。片手に松明を持つアンナ隊長は入り口の手前でわざわざ僕に顔を見せた後、入り口の数歩離れたところにある燭台に灯りを置いてから天幕に入って来た。
特務機関の隊長でもあるのに任務中の夜間巡回は欠かさない。王族である僕のことでさえ一人の隊員として扱ってくれるとても器の大きい人だ。今も、僕がまだ起きていることに気付いて声を掛けてくれたのだろう。
「アスカのこと考えていたの?」
「ああ、うん……白夜の異界で似たような響きの名前を聞いたことがあったことを思い出してね」
「でも服装は違うのよねえ……私たちも知らない異界から来たのかもしれないわね」
アスカへの謎は尽きない。手元にある資料だけでは足りなくて、頭で考えても答えが導き出されるものでもない。
「アスカの前で言うの気兼ねして伝えそびれたことがあるのだけど、アスカは戦場を知らないみたいなの。アスカの居た異界でも戦はあるみたいなんだけど、戦とは無縁で生まれ育ったみたいで……」
「そうか、だから……」
だから彼女は『存在意義』という言葉を口にしたのか。アスカを目にする前にアンナ隊長から「民間人を召喚しちゃったみたい」と言われた時には何の冗談だろうと思ったけど、平和な場所で生きてきたということだったのか。武器を手にしたこともなければ戦場を目にしたことすらないのだろう。僕たちは召喚師を招きたい一心で召喚の遺跡を調査し続けてきた。ずっと心待ちにしてきた分、今回の儀式での落胆ぶりが彼女の目にどう映ったのか、今ならよく分かる。顔に出さないようにしていたつもりだったのだけど、アスカは僕たちに勝手に呼び出されたに過ぎないというのに「ごめんなさい」と頭を下げていた。僕の態度が彼女に謝らせてしまったんだ。
「……安易に居住を手配するなんて言ってはいけなかったね」
「私もアルフォンスにきちんと話してから引き合わせるべきだったわ。ごめんなさいね」
「そこは気にしてないよ。アスカを一人にしておきたくなかったアンナ隊長の気持ちは分かるから」
アンナ隊長が「ええ、そうよ」と素直に頷きながら優しく笑う。アスカにとってアンナ隊長は頼れる唯一の人だ。アンナ隊長もそれを分かっているから、アスカを気遣っているのだろう。アスカが元居た異界に帰る時、アンナ隊長はどんな顔をしているだろうか。僕だったら――。
「あなたはあなたよ、アルフォンス」
アンナ隊長は微苦笑と共に天幕を出て行った。アンナ隊長にも僕の顔は筒抜けのようだ。そんなに分かりやすい顔をしているだろうか。
僕は自分の性格をよく分かっている。人を受け入れやすく、情に流されやすいこともよく理解している。だからこそ、思い入れないようにと意識しなければならない。僕はもう、彼を――ザカリアを失った時のような気持ちは二度としたくない。
「僕は強くならないといけない」