白き星の名の許に

第一部 序章 02

 初めて見る景色、初めて触れる異世界の空気。息を吐いて、また吸い込む度に、空気の質が違うことを知る。本当に、ここは私の住んでいた場所とはかけ離れた所なのだろう。時間が過ぎる感覚も、鼻先に届く匂いも何もかもが違う。
 これからどうすれば良いのだろう。もしかしたら――と期待していたスマホの電波も圏外のままで、私はただただ呆然と佇んでいた。

「大丈夫?」

 私の顔を覗くアンナさんの声はとても優しくて、途端に声が出なくなる。

「一先ず、ここを離れましょう。少し行くと私達、特務機関の天幕があるから、そこで今後の話をしましょう」
「……はい」

 ここは知らない場所で、私はアンナさんからすると人違いなのだろうけど、それでも招かれた人間だ。今はアンナさんを頼るしか方法は無い。スマホも電池残量が無くなってしまえば全く使い物にならなくなる。そうなる前に、もう一度だけスマホの画面に映る日付と時間を目に焼き付けた。
 アンナさんの隣――といっても少し後ろを歩きながら、この世界のことを教えてもらった。私の住んでいた世界には無い魔法がこの世界にはある。精霊との盟約を交わすことで使える力らしい。生活もアンナさんの話から察するに産業革命以前のような、私が生きるには不便さをたくさん感じてしまいそうなものみたいで、恥を覚悟で訊いていかないといけないなと感じた。

「アスカは何か力を持っていたりする?」
「力?」
「ええ。戦う力」
「戦う?」

 このアスク王国は現在エンブラ帝国と戦っているのだと、アンナさんは話してくれた。エンブラ帝国は異界を侵略し、その異界の英雄に契約を強いてはアスク王国をも侵略しているのだと。

「異界の英雄に対抗するにはこちらも異界から英雄を召喚しなければならなくなってきたのよ。今まではなんとか凌いでこれたのだけど、最近、エンブラ帝国が勢力を伸ばしてきたのよね。その為に異界の英雄と盟約する力を持つ絶対的な存在――召喚師を私達は呼び寄せようとしていたんだけど……」
「私が来ちゃったわけですね」
「そうなのよねぇ」

 私に力なんてない。親に育ててもらって、学校でそれなりの知識を学んで、社会に生きてきただけなのだから。アンナさんの言う戦う力というものは、人を殺す力のこと――って思ったけど、違う。人を守る力のことだ。アンナさんはアスク王国を守る為に戦っている人のはず。

「……私が居た世界でも戦争はありましたけど、私は無縁――というよりは無関心に生きてきたから、力なんて無いと思います」

 そうだ。無関心だ。私の知らないところで戦争は今も続いていて、ニュースでその事実を知っても他人事として捉えていた。でも、ここではそうはいかない。今、目の前に居る人は戦争に身を置いている人で、私はその人にこの世界に呼び出された。他人事として考えてはいけない――なんて考えても、実感するには至らなくて。

「そもそも私に出来ることなんてあるんでしょうか……」
「アスカ……」

 私の世界には魔法がない。科学や機械を思い浮かべても、私が容易く扱えるものでもないし、そもそも持ち合わせてすらいない。私がこちらの世界で使えるものなんて、いつ電池が切れるか分からないどこにも繋がらないスマホだけ。

「私、本当に、何も持っていない……」

 昔観たアニメでは異世界に飛ばされた主人公は誰かの呼び声を聞く事が出来たり、魔法が使えたり、何かしら求められてそれを叶えたりしていた。でも私はどうだろう。求められているものを私は何一つ持っていなくて、それどころかこの世界では足手纏いになるとしか思えなくて。

「あの、アンナさん」
「なあに?」
「私、帰れるのでしょうか?」
「あー……それね……ちょっと、その変のことは私よりも適任者がいるから、その人に聞いてみましょう」

 帰れないんだ。そうと言われたわけでもないけど、でも何故か分かった。
 さっきアンナさんは言っていた。異界の英雄と盟約する力を持つ絶対的な存在――召喚師を呼ぶ儀式で私は呼ばれた。私は召喚師ではないけど、アンナさんに呼ばれた人間なのだから、アンナさんとは何かしら繋がりが生まれているのかもしれない。だからなのかな。帰りたいと思うのに、帰して欲しいという強い意志のこもった言葉が口から出せないでいる。私の口から出る言葉は、帰れるのかという、その可能性を確認しているだけに過ぎない。ここで生きていくしかないんだって、漠然とながら思ってしまう。おかしいと思うのに、それが当たり前のようにも思えてしまって、妙な落ち着きがある。不思議な感覚。

「あれが私たちの天幕よ!」

 アンナさんの指が遠く前方を指す。天幕ってテントのことかなと思っていた私はその規模の大きさに目を丸くしてしまった。