あの星は何という星なのだろう。ベランダから見る夜空に淡く光る一つの星をじっと見ながら、私はスマホの画面を照らした。月の近くにある明るい星――と大まかな表現で検索する。けれど、しっくりとこない答えばかりだ。緑色のような青白くも見えるような、そう思えば薄い桃色にも見えてくる、そんな何ともはっきりとしない色合いを見せるその星が妙に気になって仕方がなかった。
「あ……今、白く光った……?」
そう口にした途端、優しく光ったはずの星が瞼を開けられないくらいに強く光る。あまりの眩しさにしゃがみ込むと、スマホを落としてしまった。眩んだ瞼はなかなか開くことが出来なくて、落ちたと思う場所を手探りしていると、頭上から女性の大きな声がした。
「やったわ! 成功よ!」
おかしい。私は一人暮らしをしていて、それも決して広くはないベランダに居たはず。それも二階。私の真上から女の人の声がするなんて、どう考えてもあり得ない。
瞼に感じていた光が和らぐ。そっと開き見上げると、そこには――。
「ようこそ、特務機関ヴァイス・ブレイヴへ! 救世主様!」
赤の髪がよく似合う、溌剌とした女性の笑顔があった。
「特務……機関? ヴァイス・ブレイヴ? 救世主様……? 私が!?」
「ええ、そうです。貴女は私が古の伝承に従って行った儀式で異界から呼び寄せられたのですよ……って、待って、貴女、本当に伝説の召喚師さま?」
「私、そんな大それた人間じゃないです」
「……そうね。どう見ても華奢な感じだし、これも神器と呼ばれるブレイザブリクにしては凄そうに見えないものね」
「それ、私のスマホです!」
彼女の手には私のスマートフォンが握られていて、角度を何度も変えては物珍し気に見ている。彼女をよく見てみれば、異世界もののアニメやゲームでありそうな服装で、髪の色もだけど目の色も私が住んでいた日本ではとても珍しいものだった。赤髪に落ち着いた赤の目。でも整った顔立ちに髪の色も目の色も服装も違和感が無い。平たく言うと、美人だ。
「スマホ……この四角い塊? スマホって言うの?」
「ごくありふれたスマートフォンですけど……」
「うーん……神器じゃない、のね……貴女一体、誰?」
それは私も聞きたい。そう顔に出てしまっていたのか、思い出したかのように「ああ、ごめんなさい。私はアンナよ。特務機関――ヴァイス・ブレイヴの長よ」と名乗ってくれた。
「私は……アスカです。あの、ここは何処ですか? 私、家のベランダに居たはずなのに……それも、夜だったはずなのに、今は明るいし……」
「そうね、もうすぐお昼ね」
私のスマホを手にしたままのアンナさんはにっこり笑って、私に空いている手を差し出してきた。反射的に手を出すとぐいっと引き上げられ、立たされる。
「はい、これ。勝手に触ってごめんなさいね」
「い、いえ……」
「突然召喚されたのだから、戸惑うのも無理はないわ。こちらとしても不本意ではあるんだけど……アスカをこちらの世界に呼んでしまったのは私だから、そこはきちんと責任は取らせてもらうわ。安心して」
「は、はい……」
「それにしてもおかしいわねぇ。アスカを召喚出来てるのだから失敗ではないのでしょうけど、何が違ったのかしら……確認しないと駄目そうね」
辺りを見回すと何処かの丘にでもいるのか、遠くの景色がよく見えた。清々しい野の原。花が一面に咲いている場所もある。遠くから水の音も聞こえるし、何よりも空が高く雲一つ無い澄み切った青を見せていた。私の後ろには七色に光る石が嵌め込まれた石板があって、その石板を中心に地には青白く光る紋章が広がる。
「異世界って本当にあるのね……」
そう口にして無理にでも自分の中で納得させようとしていた。もしかしたら夢なのかもしれないけれど。
「私、帰れるのかな……」
ディスプレイをオンにして見る画面隅にある圏外という文字が、私の不安をより一層掻き立てた。
ただ星を見ていただけなのに。あの不思議な星の色を一つ一つ思い出しては、私は――帰りたい――と思うのだった。