冬にはまだ早いというのに肌寒い。歩いている内に身体は温まって往くものの外気に触れる手の甲や袖から覗く腕が季節の変わり往く様を体感させる。
留三郎も伊作も私を好いていると言う。嫌ではない、と思う。嬉しくないわけではない。けれど、私は彼等の想いを正面から受け止められない。友として好きだと伝えれば泣きそうな笑みをするのだろう。一度、私の想い――私は仙蔵が好きなのだと、ようやくと知ったのだと、そう伝えなければならないのだけど、私は誰かに自分の想いを伝えるのが怖かった。好きだと言ってくれる友に何と伝えれば良いのだろう。泣きそうな顔は正直、見たくない。拒んでしまえば今までの距離が遠くなってしまうのではと、ふと思ってしまう。友でありたい。だけど、それは私の我儘だ。留三郎と伊作は答えを求めている。ううん。留三郎だけかもしれない。伊作は「僕を好きになって欲しいけれど、みつねは仙蔵の事が好きだもんね……」と言って答えを求めてはいない。伊作は何を――私に何を求めているのだろう。対して留三郎は真っ直ぐだ。「好いた女が俺以外の男と一緒に居るなんて、胸糞悪い」とか。その気持ちは私にも分かる。仙蔵が他の女の子と一緒に居ると思うと胸の辺りが啄ばまれたかの様に痛むのだから。あの夜――くノたまの子をからくりへと誘った夜の事だって、何処にどの感情をぶつけて良いのか分からなかったくらい辛い思いをした。これが好きなのだと――恋なのだと、ようやく知ったのだから。先に留三郎に冷たく当たってしまったけれど、留三郎の気持ちを拒んでいるわけじゃない。私には拒めない。唯、私の我儘を押し付けてしまった。友でありたいのだと。察してくれと。何て酷い人間なのだろうね、私は。
「――先輩。伏見先輩」
「あ、……兵助」
ふと視線を上げれば兵助が不安げな面で私を見下ろしていた。兵助に身長を越されてしまったのは何時頃だったかな。ゆっくりと長い睫を瞬かせて「大丈夫ですか?」と問うてくる兵助。
「済まない、考え事をしていた」
「……とても泣きそうな顔をされていたので俺、変な事を言ってしまったかなと」
「何か言ったのか?」
肩に掴まれている兵助の手に触れると指先が絡んできた。前に引き寄せられ右手と左手を合わせて包まれる。口噤んでしまった兵助の双眸は握られている両の手に向けられていて、とても切ない面をしている。ああ、そうだ。兵助も私を――というよりも、伏見栢丸を好いているのだった。女である私ではなくて、男として在る伏見栢丸を。
「伏見先輩が――」
「ああ、何だ?」
「もし、女性として生まれてきたのなら、俺の事を好いてくれましたかって……その」
再び口を噤んだ兵助の手が私の手を離さない。握られている手の力強さに答えを濁すなと言われている様で。
「仮にですよ。女であったら、少しでも俺を受け入れてくれたかなって……どうですか?」
「す……好いて、いたんじゃないか……? 兵助は男の私から見ても男前だからな」
「……伏見先輩が女であれば良かったのに」
「へ、兵助」
「済みません。でも、俺、伏見先輩が男であれ女であれどっちだって良いんです。好きな事には変わりない……。唯、女であればもっと堂々と……言えたのだろうなと」
忍びとして女装し男を誑かす事など、見目の良い少年であればよくある事で。でも、私は本当に女だから。大川学園に入学してから何度と思う――偽り続ける事の苦しさが胸に広がる。ごめんとか。済まないとか。そんな言葉すら言えない。罪悪感に浸って、人を偽り続ける私は本当に酷い人だ。そんな酷い私だから、兵助にこんな事しか言えない。
「兵助が女であれば私は惚れていたかもしれないな」
少し癖のある艶やかな黒髪。毛先の跳ね具合が男である今でも可愛らしいと思う。睫は長くて、豆腐好きだからか肌は女人の様に白く滑らか。整った顔立ちと細身であるけれど均整の取れた身体に男らしさを感じるけれど、女性であれば柳腰の美人になるのではないかなと思う。
「兵助こそ、女性であれば良いのに」
「嫌です。俺は絶対に嫌だ」
とっても嫌そうな面を向けられて思わず笑ってしまったけれど、胸奥は常に「ごめんね」と囁いている。女であると知られたら、兵助は本当に私を好いてくれるのだろう。そして私はまた留三郎や伊作の様に兵助にも答えを上げられないのだろう。真っ直ぐな想いを告げられたのだから私の素直な想いを伝えなければ平等ではないのだけれど。仙蔵が好き。そう伝える事は出来ない。私は――友や先輩といった立ち位置から離れたくない。一度、口にしてしまえば私は本当に仙蔵が好きなのだと認めてしまう。それが何よりも怖く感じるから。だから。