嫌な予感はしていた。兵助と共に乙女の姿で町に出るという事は、私が伏見栢丸であるというよりも笹山みつねであると言っている様なものなのだから。男としての面を繕う事は許されない。女物を纏い男の顔をしては女性であるとは言えない。
「兵助っ」
後輩の――兵助と名を呼ぶ私の声はぎゅっと抱き締められた兵助の肩元でくぐもり、私の手は兵助の袖を必死に握り締めていた。兵助も昔はとても可愛い男の子であったのに、やはり今となっては男性と言うべき身体で。番えそうになる喉奥が焼け焦げたかの様に熱く感じる。
「伏見先輩が、あの立花先輩が探してる兵太夫の姉上……だったんですね」
「……その、ごめんなさ――」
「本当に、女で……」
首巻に掛かる私の髪に鼻先を埋め深呼吸を繰り返す兵助に、私は言葉を失った。何も言えない。手は抗おうと兵助の袖口を固く握っているものの、動けなかった。
店に着き、兵助の想い人として振る舞いながら豆腐を食していたところに兵太夫が伊助と共に店に入って来た。目が合った瞬間、兵太夫は私を「姉上!」と呼び、私は頭が真っ白になってしまった。幸い、伊助は私が伏見栢丸であると気付いていない様で、兵助も察してか何も言わずに私を店の外へ連れ出してくれた。けれど。
「伏見先輩が女であれば、俺を受け入れてくれるって……そう言いましたよね」
「あ、いや、それは――」
「男だから……女が好きな伏見先輩にこれ以上迷惑掛けられないと思って遠慮してたけど、伏見先輩が女なら……俺、諦めませんから。覚悟してください、みつねさん」
「兵助っ」
首筋を軽く吸われ、兵助の唇が離れる際に高らかな音が鳴った。
「で」
「……ごっ、めんなさ――」
「僕はそんな言葉が欲しいわけじゃないんだけど」
僕の太腿の上に置いたみつねの踝を人差し指と親指で支えながら、筋に沿って指の腹で押し流す。
自然と苛立ってしまうものだから指にも力が余計に入ってしまった様で、みつねから「う゛っ」とか「ぐぅっ」とか、女の子にしてはあまり可愛らしくない耐えに耐える呻き声が漏れる。まあ、僕が態と出させているというのもあるのだけどね。
「でも、よく僕に話してくれたね。君の事だから一人で悩んで抱え込んでしまうものかと思ったけど」
「……は、吐かせたのは伊作じゃ――い゛っ」
「宣戦布告されてはね。仕方無いよね」
「だ、だからっ、痛いって――」
「仕方無いよね。うん、仕方無い、仕方無い」
「仕方無くないっ!」
先にみつねが謝ってきたのはきっと足を熱らせて帰ってきての「ごめんなさい」だ。
僕としてはみつねの事が――というよりも、伏見栢丸が笹山みつねであると久々知に知られてしまったという事に謝って欲しいのだけど。
だから久々知を許すなと言ったのに。早々に帰って来るように口酸っぱく言ったのに。「兵助と約束したのだから仕方が無い」と口にして、乙女の姿で出掛けて行った昨日。
帰って来て装束に着替え終えたみつねはぐったりした面で医務室の布団に顔を埋めてきた。
その時は唯、疲れたのだろうと思って何も言わないでいたけれど、夕餉の席で久々知に「俺、伏見先輩の事、諦めませんから」と。
「善法寺先輩は知っているのでしょう……みつねさんの事を」と。僕の耳元で小さいながらもはっきりとした声音で囁いてきた。
「あの、伊作……」
「何」
「頼むから、もっと優しく――」
「優しくして欲しいのなら僕にも優しくするべきだよね」
久々知に知られてしまった事は仕方の無い事だと僕も分かっている。乙女の姿で兵太夫に会ってしまったのだから、これは仕方が無い。
幸い、兵太夫は乙女がみつねだと分かっても、それが栢丸であるとは分からなかった様で。
一緒に居た伊助にも栢丸がみつねであるとは気付かれなかったみたいだから良いのだけど。
良いのだけど、ね。久々知か。因りによって久々知に気付かれるとは。どうしたものかな。
「勿論、何もされなかったよね」
「……ああ」
「されたんだ」
「されてない!」
みつねは男としての演技はとても上手だ。でも、今は栢丸の形こそしてはいるものの、僕の手前ではみつねである事には変わりなくて。ちょっとした事でも直ぐに分かる。
「何されたの」
「だから、何もされてなんか――」
「正直に言わないのなら、今此処で実演して探ろうか?」
途端、口噤んで身を引こうとする。その様が可愛らしくて嬉しく思うのだけど、正直、今は嬉しさよりも腹立だしさで胸糞悪い。
「ねえ、みつね」
みつねは仙蔵の事を好いている。でも、何処か一線を引いている様だから僕としては機会を窺いつつみつねに近付こうと思っていたのだけど。
留三郎や長次、最近では小平太も少し危なっかしいというのに久々知まで出てきたからには、あまり待てはしないかなと、そう胸内に焦りが広がってきた。
「今度、僕の仕事を手伝ってくれる?」
一つ肩を落ち着かせて。視線をみつねからみつねの足に戻す。平然と。何時もと変わらぬ面を装って。
「薬草を摘みに行きたいんだ。みつねと」
久々知に何かされたといっても、そう大した事ではないだろう。みつねを見れば分かる。何かされたのならもっと悲愴な面の筈。
手を握られたとか、抱き締められたとか。何か、囁かれたとか。それくらいの――もの、だと思う。それくらいというには、どれも僕にとっては嫌なものだけど。
「……どうせ嫌だと言っても私には拒否する事は認められないのだろう」
「まあね」
少しばかり不服そうなみつねに微笑んでやるとそっぽを向かれてしまった。