いざ並んで寝てみると辛いものがある。肩は触れるか触れないか。寝返りを打とうものなら隣の寝顔をしっかりと拝める程に近い。幸いなのか不幸なのか、私の両隣は文次郎と仙蔵。小平太の寝相の悪さを審議した結果、医務室の奥からい組、は組、ろ組の順に並んで寝る事にした。小平太は無論、端っこ。私の隣で寝たいなどと散々駄々捏ねていたのだけれど。私は怪我人だという事もあり、また医務室の奥の薬棚を蹴られては困る事から、小平太は医務室の戸に一番近い位置に追い遣られた。防壁代わりとして隣に長次を置き、何かあった時に直ぐに対応出来るようにと保健委員の伊作が並ぶ。そして留三郎、仙蔵、私、文次郎の順となった。
予算会議前なのだから会計室に徹夜で篭っていれば良いのにと横目で文次郎を見遣る。小平太の我儘に付き合ったところをみると、予算会議は万全なのかなと少しばかり不安に思った。
「栢丸」
「……何だ、仙蔵」
暗む医務室の薬の匂いに慣れてきてもうそろそろ寝られるかなという時に掛かった声。仙蔵以外の事を考えようとして身動ぎしてしまったのが悪かったのかもしれない。呼ばれた私の名に普段の通りに応じた。
「その、前にも言った事なのだが……」
「みつねの事か? ……良いよ、聞いてやるよ」
ずっと避けられるものでは無いという事くらい、分かっていた。何時かは聞かざるを得なくなるのだろうと、分かってはいたんだ。けれど、出来る事なら聞きたくない。どんな自惚れを聞かされるのだろうか。私ではない「みつね」とどんな事をしたとか、聞いてしまえば仙蔵を目の前にして怒ってしまいそうで――また、泣いてしまいそうで。泣くなと堪える喉が番えて声を出すのが辛い。でも、仙蔵は私がみつねである事を知らない。知らないのだから、仕方が無い。今までずっと仙蔵を偽ってきた私の責任なのだから。今、此処で仙蔵に「私がみつねだ」と言ってしまえばどうなるだろうか。怒るだろうか。それとも――謝るだろうか。――違う。仙蔵が謝るだなんて。何て考えを私はしているの。何て私はおこがましいんだろう。
「先日の夜は済まなかった」
「おいおい、私に謝る事は無いだろう。何時もの仙蔵らしくないじゃないか」
「いや、謝らねばならん事だ。済まない栢丸」
「仙蔵……?」
「実は、栢丸の気に入っていた罠を使わせて貰ったのだ」
うん。う、うん。え。何。何の話だ。私はさっき「みつねの事か」と聞いた筈。なのに、何で私のお気に入りの罠の話なのだろう。罠くらい、私に謝らなくても良い気がするのだけど。
「空けて貰った夜にみつねを語る偽者が来てな。まあ、罠に誘い込んだのは俺の方ではあるが……。腹が立ったから俺達の室にあるからくり全てに陥れてやったのだ」
「……仙蔵。それさ、私以外の皆、知っていたりするのかな」
「ああ、簡単には皆に話した。その、栢丸に伝えるのが遅くなって済まん……」
そこは同室の私に一番に話すべきものではないのだろうか。いや、話を遠避けていたのは私なのだけど、みつねだと語るくノたまを誘い込む事くらい、話してくれても良かったんじゃないのかなって思うのだけど。どうなのだろうか。何で。何で、私が一番最後に聞く事になったの。
「栢丸のあの罠をどうしても使いたかったから――その、な」
「私に話せば使うなとでも言われると思ったのか」
「最近、俺がみつねの事を話すとうんざりとした面をするではないか」
「くだらんと一蹴されると思ったから、事後報告で済まそうと。そういう事か」
「だから、済まないと――」
「私はそんなに器のちっさい男に見られていたのか。あーそうか、そうですか」
苛々とする反面、安堵している自分が居る。素直に認めたくなくて。良かっただなんて思ってしまう自分が恥ずかしくて、私はらしくもない拗ねた面を繕った。器の小さい男を演じて、口ではそれを否定している。何て、矛盾しているのだろう。素直になれれば「別に構わない」と言える。けれど、みつねとしての私が出てきてしまいそうで、私は栢丸として必死にみつねを隠した。
「……悪かった」
「はあ……もういいさ。別に私は罠を無断で使用した事について拗ねてるんじゃないからな」
今なら仙蔵の面を見れる。そんな気がして文次郎の後頭部を見ていた私は仙蔵の方へと寝返った。
「仙蔵、お前は私の友なのだろう? だったら、真っ先に言え。……少し悲しいぞ、私は」
「くくっははっ」
「な、何だよ」
「お前は可愛い奴だよ」
「はあ!?」
「自分で――拗ねてるんじゃないからな、だなんて言ってしまうんだからな」
「それは僕も同意。拗ねてないとか言っておきながら悲しいって言ってるし」
「なっ、伊作!」
くつくつと笑う仙蔵に、楽しそうに笑う伊作。肩を一瞬だけ震わせて鼻で笑った長次。留三郎に至っては堪える事無く腹を抱えて笑っている。上体を跳ね起こした私は固い枕を掴んでは仙蔵の頭に投げ付けてやった。途端、静かだった小平太が「枕投げするのか? 私も混ぜろ!」と飛び起きてきて。
「うるせえぞお前ら! 黙って寝られないのかよ!」
「文次郎が起きたぞー!」
「枕を見舞ってやれ!」
「わっ、やめろっ、痛ぇっ!」
「ちょ、ちょっと皆! 此処、医務室! 薬棚に当たるから! 文次郎、避けるなよ!」
「莫迦垂れぃ! 避けんと俺がやられるだろうがー!」
久々の枕投げ。それも医務室でという恐ろしさに危機感を覚えながら、私達は本気の枕投げに興じた。こんな事が出来るのはあとどれくらいだろうか。もう半年も無いのだっけ。ふと思うものの、皆の笑い声やら罵声に考える事を止めて手近にあった枕を掲げた。
因みに、先生に怒られるのは四半刻経った頃の事。