いに蓋を

好きだけど好きではいられない

 伊作はやっぱり不運委員長なのだと改めて思った。私達六年生が本気で枕投げを始めれば室内が荒々しい様になるなんて分かりきっている事だというのに。場が医務室であるという事に危ぶんだのは伊作と長次だけで、私含めた他の皆は片手に枕を掴んでは薬棚の目の前に陣取っている文次郎めがけて力一杯投げ付けた。となると、文次郎の背後にある薬棚は無事では済まない。詰まり、今日一日伊作と共に過ごすという約束も急な保健委員会活動に消えるわけで、私は仙蔵と共に自室のからくりの修補をする事になった。伊作はともかくとして、三反田や川西達には悪い事したなあと心の中で反省する。本当にごめんね。休日なのにね。でも、枕投げはとっても楽しかった。先生に怒られたけど、後悔はしてない。

「済まない。此処の直し方がよく分からんのだ」
「ああ、これは直らないよ。此処と此処が綺麗に折れてしまってるだろう。そういう造りなんだ」

 床板を上げ支える仙蔵の脇から私は問題の箇所を指差した。竹を割いて丁寧に削った部品が三つに折れている。細さと形が重要なその部品は私が丹精込めて作ったものだ。

「ところで、良いのか?」
「何がだ」
「今日はみつねとの逢瀬の日じゃなかったか?」

 みつねは私だというのに私は白々しくも仙蔵に話題を振る。唯、隣に座す仙蔵を意識してしまいそうで、今、私は栢丸なのだと自分に言い聞かせる為に口にした。床板を外して壊れた部品を丁寧に取り出す仙蔵の長い指がしなやかで、私よりもやはり大きいなと思う。袖から覗く腕とか。かさりと掠れる衣の音とか。肩から胸元にさらりと流れる真っ直ぐな黒髪とか。ついこの間まで気にならなかった事が気になって仕様が無い。あの日から。仙蔵に抱き締められて、口付けられたあの日から、私は仙蔵を意識してしまっている気がする。

「……仙蔵、どうした」

 気付けば黙って項垂れていた仙蔵に、私はそっと肩を掴んだ。細身に見えて実は結構がっしりとしている仙蔵の身体。「おいおい」と声掛けながら軽く揺さ振ると、急に私の両肩を掴んできた。

「なっ!?」
「俺は嫌われてしまったかもしれん」
「……な、んで」

 私の目前にはとっても情けない仙蔵の面。とても傷付いたと言わんばかりの面に、私は一寸慄いてしまった。

「文、来たんだろう?」
「何時もよりも短い文章だった……」
「……見せられるか?」

 文を出したのは私だ。自由に歩くには時間が掛かるとみて、休日の逢瀬を断ったのも私だ。短い文章だったのは、早く文を出さなければという気持ちと、仙蔵が私ではないくノたまの子とその――いろいろとあったと思ったからだ。哀愁漂う背を披露させながら仙蔵は私に「これだ。みつねからの文だ」と厚みの無い文を手渡してくれた。内容も分かっている。でも、一応私は仙蔵の友だ。はらりと丁寧に文を開いて、見慣れた私の字に目を通す。つと視線だけ上げると仙蔵が真っ直ぐと私の目を見てきて、思わず視線を文へ戻してしまった。何て顔するのだろう。まるで悪い事して怒られた小犬の様だ。縋る視線というものなのかな。可愛いと、もう少し意地悪してみたいと思ってしまう私は一つ咳を吐いて、心内に否と制する。

「私には時間が無くて直ぐに出さざるを得なかった文に見えるぞ」
「……どういう事だ」
「墨も薄い。恐らく、磨っている暇が無かったのだろう。短文だから尚更だ」

 肩をゆっくりと落として「そうか」と安堵の息を吐く仙蔵に、私は苦笑を禁じえなかった。私がみつねとして仙蔵の手前に居る時には決して見られない様だ。思えばみつねで居る時は仙蔵に振り回されてばかりだ。でも、みつねの話となると途端、情けない仙蔵を垣間見る事が出来る。何故だろう。疑問に思うものだけど、それが嫌ではないと――むしろ嬉しいと思う私はやはり相当仙蔵の事が好きになってしまっているのだと、自覚した。

「……怖いな」
「栢丸?」
「いや、何でもない」

 栢丸として仙蔵の前に居る私は、ついみつねとして仙蔵を見てしまいそうになる。それは駄目。絶対に駄目だ。でないと、知られてしまう。でも、どうしても仙蔵に触れたいと、触れて欲しいと想ってしまうから。

「最近、おかしいと思っていたんだが……栢丸も何か悩みがあるのか? 俺なら聞くぞ」
「いや、無いさ。あるとすれば予算会議の事ぐらいだよ。それよりも、このからくりを直すの結構時間が掛かるぞ?」
「折角だ。新しいのを作らんか?」

 栢丸として仙蔵と過ごす時間がとても楽しい。好き。この時間を壊したくない。でも、仙蔵にみつねとして私を想って欲しいと願ってしまう気持ちが溢れ出しそうで。どくんどくんと鳴る胸音。胸奥を締め付ける想い。傍に居るのだと感じる程に熱くなる身体。そのどれにも蓋をしなければ、私は私で居られなくなる。
 卒業までは仙蔵と距離を置いた方が良い。ううん。距離を置かないと私は栢丸として居られなくなってしまう。そう、思った。