胸元を隠しながら僕を殴り飛ばし、転がった僕の胸元に足を着くみつねの面はそれはそれはとても真っ赤で可愛らしいものだったけれど、見下ろされる視線がとても鋭くて怖い。ちりっと痛む口内に血の味が広がる。好きな子には意地悪したくなるものだけど、程々でないととんでもない。女の子らしく恥らってくれるかなって期待してしまったのが悪かったのかな。いや、でもこれでも普通の反応かな。でも、僕に好意を持ってくれているのなら流れてくれても良い気もするんだけど。やっぱり仙蔵の存在があるからなのか、みつねはなかなか栢丸らしさを捨ててくれない。
「栢丸居るかー?」
「こ、小平太! 一寸待って、今、そっち行くからっ」
医務室の戸が大きな音を立てて、小平太の室に入る足音が聞こえてきた。左頬を押さえながら立ち上がって小平太を迎えると、「伊作も居たか……どうしたんだ?」だなんて暢気な声で。慌てて起き上がった際に右足の小指を戸の端にぶつけた痛みはぐっと堪える事が出来たけれど、みつねに殴られた頬は流石に隠せない。みつねの居る室の襖を背の後できちんと閉ざして、僕は小平太の意識を僕へと促す事に専念した。
「何でもないよ。それよりどうしたんだ?」
「いや、栢丸は今日も医務室で寝るのだろう? 寂しいだろうと思って、私もこっちに来た」
秋の寒さなんて何のそのといった具合に夜着の袖を肩までたくし上げて、その脇に枕を抱える小平太。今日はみつねと二人っきりで静かに寝られるとか、明日は朝からみつねの寝顔を拝められるとかそんな邪な僕の願望をやっぱり打ち砕いてくれる。これも不運に因るものなのだろうか。
「で、栢丸は?」
「栢丸は今、身体を拭いてるよ」
「そうか。それなら私が手伝ってやろう!」
「いやいや、一寸、小平太!」
僕の肩に手を置いて襖を開け様とする小平太に、僕は身を乗り出して制する。これ以上、栢丸が女の子でみつねなのだと知られては僕だって困る。特に、小平太は何時何処で何を仕出かすか分からない行動屋だから、今一番に知られては僕の手でも抑え切れないだろう。明日の予定にだって妨害されそうだ。
「お前達、五月蝿いぞ」
僕の背後ですっと開かれた襖の先に、栢丸が居た。夜着に袖通し、胸元も男らしく真っ平。男らしい出で立ちに思わず胸を撫で下ろしてしまった。
「私に何か用か?」
「ああ! 一緒に寝よう!」
「小平太は寝相が悪いからなあ……」
「何だその嫌そうな顔は」
「昔、抱き枕にされて危うく窒息し掛けたのだから、嫌な顔くらいさせろ」と口にするみつねは僕の背を押し退けて、むすっと頬を膨らます小平太の額を指で弾く。痛々しい音が室に響くけれど「抱き心地が良いからなー栢丸は」と痛みに額を擦りながら笑う小平太に、僕は言葉を無くして布団の準備に掛かった。心配するだけ無駄なのだろうか。少しは僕の気持ちに気付いて欲しいというのに、みつねはお構い無しに小平太と向かい合う。みつねの事であるから僕が勝手にあれこれと言うのはおこがましい。関係無いと一言言われてしまえばそれまでなのだけど、僕はどうしてもやきもきしてしまう。男の形で居たい。男として卒業したい。そんなみつねを支えたいとも思っているけれど、一度違えば小平太にだって知られてしまうかもしれないというのに。座した小平太の背後に回って首に腕を掛けて、昔の再現して男らしくころころと笑うみつねを見ては僕は苛立つ気持ちに蓋をして鼻で息を吐いてしまう。
「……やはりな」
「どうした、小平太」
「以前にも思ったんだが、栢丸はみつねと同じ匂いがするな」
息を呑んだのは僕だけじゃない。みつねも瞠目している。直ぐ様「似てるのか?」と返すみつねの声音には動じた節も無く。でも、小平太には見えないけれど、僕には確かに焦っているみつねの面が見えた。
「似ているんじゃない。同じだ。不思議だな」
「そう、だな……だが、小平太。みつねに失礼なんじゃないか? 私と同じ匂いだなんて、男臭いと言っている様なものだぞ」
「栢丸は臭くなんてないぞ! 良い匂いだ」
みつねの腕を捕らえてより深く引き寄せる小平太に、僕は立ち上がった。みつねの腕を掴む小平太の腕を僕が掴む。
「小平太、お前……知っているんだろう」
栢丸が女の子である事。そして、みつねである事を。小平太は何時だって直情的で一見何も考えていない様に見える。だが、だからこそ本意が読めない。
「何の事だ? さっぱり分からんな」
笑みを浮かべながら僕を見上げる小平太の視線は、とても挑戦的なものに見えた。