めぬ者

恋の在り方なんて人それぞれだと知ってはいたが

 暗む室にそっと忍び入ると、俺はみつねの文机に向かった。傍にあるからくりを幾つか見遣って、以前と変わりの無い造りに思わず顔を顰めてしまう。仙蔵がみつねと偽るくノたまを全てのからくりに陥れたと言っていたから、からくりに手を入れられてはいないのだろうか。一つ二つと見たところ、仙蔵が修復したのだろう。真新しいからくりも見付からなかった。唯、一点気になるからくりがある。たった一つだけ、修復されていないからくりがあった。これは確か、みつねのお気に入りのからくりだ。竹を縦に幾つも割いて、丁寧に削って部品を作っていた。少しでも太さが違えば動かないのだとか何度も何度も削って組み立てては外してと、苦労を重ねていた姿を思い出した。まあ、確かに。このからくりはみつねじゃないと直せないかもしれないな。そうか。仙蔵がみつねに――というか、栢丸になかなか話し掛け辛そうにしていたのはこのからくりの事か。無許可で使用したとなれば栢丸も眉間に皺を寄せるくらいはするだろうから。
 とまあ、俺には関係ねえ話だな。そんな事よりも、藤の簪の在り処だ。行李。布団。棚。押入れ。どれを見遣っても簪が見付からない。女装用の道具と共にすら入って無い。くそう。何処に隠したんだよ。

「留三郎か」
「っ――長次、か」
「藤の簪を探してるのか」
「……やっぱり、長次も気付いてたのか」
「まあな。お前よりも先に気付いたがな」
「何!? 何時から」
「秋休み前に……厠でだ」
「な゛ぁっ」

 灯りを手にしたまま長次は戸を後ろ手で閉め入る。俺の開いた口が閉じる前に「身体を見たわけではない。みつねであるか鎌掛けしたら容易く引っ掛かっただけだ」と口元に小さく笑みを作りながら、俺の隣に寄って来た。

「長次、お前――」
「俺がみつねに拘る理由か?」

 俺の言葉を容易く拾う長次は、恐らく俺の敵になるのだろう。長次の答えは知っている。「抱きたいからだ」だ。俺はみつねが好きだ。長次は人のものまで手を出す様な人間ではない。仙蔵や小平太に彼女が出来ても、その彼女を取って食うなどしなかった。というよりも、長次は言い寄ってくる女しか手を出さない。気になった女が居ても人のものだと分かれば直ぐに手を引くし、転がる事もなければあっさりと身を引く。そんな奴だ。俺はそう思っていた。

「みつねは……長次に靡いたわけではないだろう?」
「ああ。むしろ、無理強いて泣かれた」
「お前っ!」
「みつねは留三郎のものでは無いだろう」

 俺よりも長次の方が少しばかり背が高い。夜着の胸倉を掴み上げても睨み据える俺の視線は上がるだけ。怯まない長次の視線に俺は唯、歯の奥をぎりりと唸らせる事しか出来ないでいた。

「あいつは……仙蔵を想ってるっ」
「ああ、知っている。……花香に連れて行った時、俺の目の前で仙蔵の名を呼んで泣かれたからな」

「花香」という名を耳にした瞬間、俺の拳は長次の頬頭を殴っていた。よろけて壁に身を当てた長次の面が上がるが、俺は気にせずに長次の胸倉を掴み直して今度こそ見下ろした。

「お前っ! みつねは俺達の仲間だろう!? 栢丸なんだぞ!?」
「そう言うお前こそ、みつねに執拗に食い付いてるだろう。どうなんだ」
「俺は――」
「嫌がらなかったか?」

 嫌がっていた。分かっている。俺はみつねが嫌がる事を強いていた。みつねが栢丸だと分かって、居ても立ってもいられなくて。みつねの家に世話になった時、触れたくて、俺のものにしたくて手を出した。心の何処かで長年の付き合いがあるからと、多少無理をしても栢丸に――みつねに許して貰えると思っていた。それが愚かだと知ったのは仙蔵に殴られてからだ。どさくさ紛れにあわよくばとかいろいろと考えたりしたが、結局はみつねを俺の方へと振り向かせなければ意味が無い。だから、俺は。

「俺はもう、あいつに無理強いなんてしない!」
「……俺だってそうだ。俺はみつねと約した。俺がみつねを抱く時はみつねが頷いた時だと」
「長次、お前っ! 俺がみつねの事を好いていると知っていてどうしてそんな事を平気で言えるんだよ!?」
「俺も……分からん」
「はあ!?」

 何時に無く悩ましげな面をして伏せる長次に、俺は掴んでいた胸倉をそっと離した。まさかとは思うが。

「長次はみつねが気になるのか?」
「気にならなくはない……泣かれたのは、みつねが初めてなんだ。だから、俺は」

 女に心を揺さ振られた事が無かったのだろう。だから長次は女を抱く。今まで掴む事も無かった想いをみつねに触れる事で何か掴んだのだろう。でも、掴み切れていないからみつねを執拗に追う。それって。

「……翻弄されたいって事か?」

 唯、恋がしたい。俺にはそう言っている様に聞こえた。俺の言葉に長次は「よく分からない」としか口にしない。心を惹く何かに出会いたいから女を抱いていたと。そういう事なのだろうか。だとしたら長次は相当不器用な男だ。俺には分からねえ。