桶に張った湯が冷めぬ内に私は湯に浸し絞った手拭いで上半身を丁寧に拭いていく。長い髪を左右に分けて胸元に流すと、肩から脇腹に斜め掛けて背を念入りに拭った。足の傷は完治してはいないから、風呂に入る事を禁じられている今、面倒だけれど毎日手拭いで身体を拭う。少しばかり室が寒い所為か鳥肌が浮いてしまうけれど、冬の鍛練は今以上に厳しいものと知っている身であるから気にせず、拭っては絞りを繰り返して身体を拭いていった。
「みつね」
「はわあぁっ!? な゛、何勝手に開けているの!?」
「あ、ごめん。換えの夜着を持って来たんだ。はい」
「伊作……」
了承も得ずに襖を開けた伊作は何時もの笑顔できちんと畳まれた夜着を私に差し出してくる。背を向けていたから良かったものの、正しく面と面を向かわせていようものなら私の拳は伊作の顔面に埋まっていただろう。前を隠しつつ肩越しに伊作を見遣ると、少し前屈みに差し出したままの姿勢で待っている。受け取れというのだろうか。
「……今、手が塞がってるからそこに置いてください」
「驚かせた後だとみつねらしくなるね」
「は?」
「言葉遣いだよ」
「あっ、一寸、伊作!」
夜着を置いたと思いきや、伊作の手が私の背から手元の手拭いを掴んできた。「静かに。医務室には僕とみつねしかいないけど、外に聞こえてしまうかもしれない」と耳元で囁いてくるけれど、奪われまいと必死な私には素通りしてしまう言葉でしかなかった。何ていう力強さで奪おうとするの。一体、何をし出すの。
「ちゃんと拭いて上げようと思っての事だから、そう警戒しないで。変な事はしないから」
「自分で出来ます! 莫迦、離して!」
「あのさ、みつね。暴れると見えるよ……まあ、僕は役得でしかないんだけど」
「っんの莫迦いさ――んぐ」
「だから、静かにって」
背に温かみが伝わってきた。口元を伊作の大きな手に塞がれて、腹の下を抱え込まれると「女の子なんだから、中途半端に僕を煽らないでよ」と伊作の声が息と共に耳を掠めた。緩められた口元から出た私の言葉は何一つ無くて。以前に身に覚えたあの恐怖心がぞわりと背に伝う。肩を抱き締める伊作の手は温かい。けれど、私は徐々に入れられる伊作の腕の力に何時の間にか震えていた手を添える事しか出来ないでいた。
「は、はな――」
「離したら殴るだろう」
「伊作っ」
「……こうやって抱き締めてしまえばやっぱり君は女の子でしかないんだよ」
こつんと伊作の頭が私の頭に当たる。「ちゃんと自覚して。長次や留三郎だったら止めてくれないよ?」と口にする伊作の声音はとても優しいもので、強張っていた私の肩は何時の間にか緩まった。伊作が何を言おうとしているのか、ようやくと分かった。確かに私は不注意だ。何故、衝立を用意せずに身体を拭っていたのだろうか。何か遭った時に咄嗟に羽織れるものも用意せずに。上衣と肩衣は腰回りに着いたままだ。袴から出して直ぐにでも羽織れる様にするべきだというのに。「ごめん」と呟けば、「分かったなら良いよ」とまた軽く頭突かれる。
「……伊作は、長次と留三郎が――」
「ああ、知ってるよ。でも向こうは僕が栢丸がみつねだと知ってる――という事は知らないと思う」
「伊作」
「どうした?」
「その……もう反省したから離してくれないだろうか」
「……僕も男だから」
さり気無く伸びてきた伊作の手が私の胸下に入ってきた。親指の甲による圧迫。途端、怒鳴るよりも先に私の手が伊作の衿を捉えて拳を捻り込む。
「伊作なんか信用しない。二度と信用するものかっ!」
「い、痛い」
「このっ、嘘吐き太郎!」