何故こうなったのだろう。医務室の天井を見上げては私は両隣にへばり付く熱の塊を疎ましく思った。医務室に常備されている布団は勿論、一人用。結構、値の張る茶屋や地位ある家にある様な二人用とかそれ以上の大きさの布団では決して無い。だというのに、身体を布団からはみ出させてまで私に引っ付こうとするこの二人――右に久々知兵助。左に斉藤タカ丸。布団を肩までしっかり掛けている私には暑苦しくて叶わない状況。何故、こうなった。どうして。何がどうして。
「あのな、二人とも。私は怪我人なんだ」
「あと少しだけ」
「あと少しって、四半刻はこのままな気がするんだが」
「だって温かいんだもん」
「兵助に至っては既に寝てるし……」
肩口に頬を寄せる兵助へと視線を向けると、長い睫が伏せていた。規則正しい寝息。意外にも可愛らしい寝顔を晒しているものだから怒ろうにも怒れない。対するタカ丸はというと、猫の様に私の肩に頬を摺り寄せてくる。前世はきっと猫だ。飼い猫に違いない。そう思わせる程に、タカ丸は心地良さそうな面で擦り寄ってくる。
「頼むから、伊作が来る前に自室に戻ってくれ」
「何で、善法寺君?」
「怪我人にへばり付くお前達を見たら容赦無く苦内やら手裏剣やら打ってくるぞ。六年生の間では保健委員長を怒らす事なかれと言われてるくらいだ。私でさえ宥めるのに苦労するというのに」
「栢丸。夕餉持って来たよ」
戸が大きな音を立てて開かれた。途端、跳ね起きたタカ丸はさり気無さを装いながら今まで伏していた布団の皺を伸ばして、「あ、善法寺君」と笑みを見せる。笑みがぎこちないのは過去に――といっても留三郎にだけど――伸された記憶があるからだろう。兵助は目元を擦りながら顔だけ上げる。
「……君達、何してるの」
「添い寝だそうだ。ああ、でも兵助はあまり怒らないでやってくれ。実習疲れで寝てただけだから」
「え、ちょっと、栢丸君!? お、俺は?」
「タカ丸は知らない」
「そんなあ」
そもそも、最初に添い寝をしてくれていたのは伊助だった。医務室を火薬委員会の会議に使わせてくれた伊作に感謝しつつ、集う皆を寝て待っていたら私の布団の傍で健やかな寝息を立ててこじんまりと寝ていたのは伊助で。あまりの可愛さに兵太夫を思い出してしまった。寒いだろうと思って布団の中に入れてあげて。少し待てば三郎次が来て。口を一文字に引き結んでは眉間に皺を寄せて「起きろ、伊助!」と声を荒立てる。眠気眼で起きた伊助の頭を撫でながら「三郎次も入るか? 温かいぞ?」と誘えば顔を真っ赤にして首を右往左往と振る。まあ、三郎次くらいの歳の子は人に甘えるなんて事、したがらないか。それも後輩である一年生が居る今、それは尚の事。そうこうしている内に兵助とタカ丸がやってきて、委員会会議を開いたのだけど、開口一番は「伏見先輩大丈夫なんですか!?」とか。兵助の心配顔が迫ってきて宥めるのに一苦労だった。休み明けの予算会議への不安を面一杯に浮かべるものだから、いろいろと策は練ったけれど。兵助も実習明けの疲労を引き摺ってしまうだろうから頼れるのはタカ丸しかいない。会議を終えた後もいろいろと考えていたら寝てしまっていたみたいで。気付いたら退出した筈の二人が私の隣に引っ付いていた。兵助は分かる。何となくだけど分かる。仕方が無いと思える。けれど、タカ丸は油断ならない。だから。
「タカ丸が引っ付いて離れなくて困っていたんだ」
「栢丸君!?」
「栢丸は怪我人なんだ。君達はさっさと風呂を済ませて寝なさい。ほら、退いた退いた」
踏み込んではタカ丸を退け様とする伊作に苦笑しつつ、私は未だ眠気が取れていない兵助の頬を軽く叩いてやった。「起きろ、兵助。自室に戻って寝ろ」と言ってやれば「はい」と小さく素直な返事。
「タカ丸、兵助を長屋まで送ってやってくれ」
「はーい」
そろそろと出て行く二人を見送って、伊作から夕餉を受け取ると箸を手に口付ける。額にそっと触れてくる伊作に「食べ終わってからにして欲しいんだが」と苦々しく言葉を口にすると、聞いていないのか「うん。熱は下がってきたね」と微笑を向けられる。元々傷は深くなかった。熱も恐らく、身体を冷やしてしまったから続いていたものだと思う。伊作に面倒を看て貰う事も無い筈なのに、伊作は口酸っぱく「怪我人は大人しくしている事!」と言って聞かない。
「今日は僕もこっちで寝るから」
「はあ!? 何で!」
「何でってそれは……僕が保健委員だからだよ」
「……理由になってないだろ」
楽しげに笑う伊作の横顔を見詰め、何かしらの含みがあるのだろうかと探る。けれど、何時もと変わらぬ優しい面で。
「明日は朝から一緒に居たいから」
――と、ふわりとした笑みのまま振り向かれて、私は思わずそっぽを向いてしまった。何だか、昔に戻ったような気がする。そう。一年生の頃と似たような。まだ、私が伊作を苦手に思っていた頃のような。そんな感じがする。