す事の意味

私の友は偽善者だった

「……何時から私がみつねだと知って」
「一年生の頃――というよりも、出会った時から僕達とは何かが違うって思っていたんだ」

 ころりころりと左右にゆるりと回し揺らされる藤の簪。徐に持ち上げられ寄せられた先に、薄く弧を描いた伊作の口元があった。「二年生の頃ぐらいかな。この子はやっぱり女の子だ、って。気付いてね」と語る伊作の声音はとても優しいものであったけれど、私には脅されているようにしか聞こえなかった。ふふ。と小さく笑んで、伊作の優しそうな唇が藤の簪を口付ける。

「学園長先生にも確かめた」
「……じゃあ、今まで――」
「うん。ごめんね。栢丸が女の子だって、知っていて知らない振りをしていた。あ、でも、最初からみつねだとは知らなかったよ。秋休みに遊びに行った時、あれは本当に驚いた」

 昔から――それこそ、一年生の頃から伊作は優しかった。この子は本当に忍びになれるのだろうかとか、心配になるくらい人に優しかった。怪我をすれば怒って医務室に連れて行こうとするし、落ち込んでいればどうしたのと声を掛けてくれる。嬉しい事も楽しい事も一緒に笑い合って過ごしてきた仲だ。男として、友達として一緒に居てくれていたと思っていた。けれど。

「何で」
「何でだと思う?」

 男の中に女が居る――それも忍びのたまごとして何食わぬ顔で男だと偽る私に、何で優しかったのだろう。舐めるなと激怒して言い振らすなり出来た筈だ。むしろ、する筈だ。言い振らさないにしても、何故、くノたまじゃないんだと私に言っても良かった筈だ。何の理由があって私に黙っていてくれたのだろう。

「……前にも言ったんだけどなあ」
「その簪を手にして、私に全てを話したという事は何かしら企みがあるって事ですよね。謝罪の要求? それとも、本当に家への就職希望? おじい様から何か含まれての事なの?」
「どれも違うよ」

 苦笑を零す伊作の面が気に食わなかった。今の今まで知られているとも気付かなかった自分が悔しく思えて。優しい顔で友を装いながら陰で滑稽な私の姿を見て嘲笑っていたのかもしれないと思うと悔しくて、悔しくて。藤の簪へと手を伸ばすと、ふいと上に遠去かる。掲げる伊作の面が少しばかり挑戦的にも見えて、その澄まし顔のような笑顔を歪ませたいと思った。

「分かった。端的に言う。休日は僕と逢引きして。約束してくれるなら返してあげる」
「私がそんな事を約束するとでも?」
「約束してくれるよ、栢丸ならばね。返して欲しいだろう? それに、仙蔵には知られたくないんだろう?」

 伊作から発された名に反応してしまった。「やっぱりね」と口にする伊作が憎たらしい。

「……嫌だと言ったら」
「勿論、仙蔵に話す」
「っ」
「君が栢丸として卒業したい事を知らない僕じゃないよ。何年、隣に居ると思ってるんだい?」

「はい」と手前に差し出されたのは藤の簪で。「僕は黙っていて上げても良いけど、どうする?」と何処か朗らかな伊作の面と交互に見遣って、私は一つ諦めの溜息を吐いてから簪を受け取った。仙蔵にだけは知られたくなかったから。みつねとしてはもう二度と会いたくないと思ったから。

「ごめんね。元々、君に拒否権なんて無いんだけど」
「そのようですね」

 伊作は何もかも知っているんだ。私が仙蔵の事が好きだという事も。でも、何で。何で伊作は。

「……私と逢引きなんて、どうして?」
「……まだ気付いてないの?」
「え……まだ、何か?」

 私の両の肩を掴んでは目の前で項垂れる伊作に、私は再び簪を取られない様に両の手で胸元にぎゅっと抱いた。ふと上げられた面は少し泣きそうなもので、一瞬言葉が詰まってしまう。

「一年生の頃から片想いだって、言ったと思うんだけどなあ。僕は君が――みつねが好きなんだよ」

 途端、伊作の胸元へと抱き寄せられた。ぎゅっと抱き締めてくる伊作の腕は力強くて。抗おうにも抗えなかった。ふら付く身体を温かく包んでくれる伊作の胸が何だか心地好くて、どうしてか泣きそうになる。あれ、さっき伊作は何て言ったっけ。優しい温もりに私の視界はまどろんで往くようで、伊作の声が子守唄にしか聞こえなくなった。

「僕を好きになって欲しいからに決まってるじゃないか」