「熱は上がってない?」
「大丈夫だよ」
「少し熱いな……」
「これくらい大丈夫だと言っているのに」
僕の手が特別冷たいわけじゃない。あからさまに眉根を寄せて上体を仰け反るみつねの額に僕は手を宛がった。平熱よりやや高めな気がするその額にぱちんと軽く平打ちしてやるとみつねは口をへの字に曲げてそっぽを向いてしまった。数針縫った身体であるというのに負傷を感じさせない。もっと自分の体を労わって欲しいのに、男勝りな性質からか僕の言う事を素直に聞こうとしない。本当に困った人だ。
「……傷、残ってしまうね」
「何を今更な事を。腕や脛にも既に傷痕があるのだから一つ二つ増えたところで気にならないだろう」
「まあ、そうだけど……。でも、見えるところじゃなくて良かったよ」
「何で伊作が安堵する」
「女装出来なくなると残念だろう? 留三郎じゃないけれど乙女が見られなくなるのは悲しいもの」
背に手を回して肩を貸すと自然と顔を寄せてしまうもので、間近で見るみつねの面が次第に赤らんでまたもやそっぽを向かれてしまった。こういうところは可愛いんだけど、口にする言葉は何時も「男に言う言葉がそれか」とどこかやっぱり男らしい。いや、今は確かに男の子の形だから正しいのだけど。
「暗いな」
「灯り無しはやっぱり辛いね」
暗む空を見上げながら僕達は長屋の縁側を渡り歩く。室から漏れる灯りのおかげで足を踏み外す事は無いけれど、月も見えぬ夜の空はとても黒々としていて吸い込まれてしまいそうに思えた。肌寒く感じる風に髪が靡く。みつねの肩が寒さに震えているのを良い事に、背に回した腕や抱く肩を僕の胸へと引き寄せた。いっその事両の腕に抱えて連れて行った方が早いのだけど、そんな事したら怒り露わにして僕を殴りに掛かるだろうからしない。みつねが男らしく振舞っている間は僕もみつねを男として接する事にしている。無防備に眠っている間は女の子扱いさせて貰っているけれど。
「……此処で良い」
「此処――って、僕の室の前じゃないか。良いよ、ちゃんと送るから」
「良いんだ本当に。此処までで良いから」
室を三つ程先に行けばみつねの室がある。でも、怪我した足で歩くには遠く感じるものだろう。僕の胸に手を当て押しては離れようとするみつねはとても不機嫌そうな顔をしている。
「何でそんなに聞き分けが出来ないんだ」
「なっ!? それは伊作の方じゃないか!」
「何時もだったら何だかんだで僕の言う事を聞いてくれるのに、今日の栢丸はおかしいよ」
「……別におかしくなんか――っ」
風に遊ばれる草の音に混じって、人の気配が近付いてきた。咄嗟に柱の影にみつねを連れ込むと僕は息を殺して近付いて来た気配へと視線を向ける。小平太か。それとも長次だろうか。ろ組とい組辺りの室に近付く気配に、みつねも気になったのか僕の胸越しに覗き見ていた。
(……くノたまだ)
矢羽音で呟くとゆっくりと小さくみつねが頷いた。一つ、二つと数えて三つ目の室にそろりと近付き入ったのを見届けて、僕は柱に押し付けていたみつねの顔を窺った。三つ目の室はみつねの室だ。
「良いんだ。今日、くノたまが仙蔵の下に来ると聞いていたから」
「それで戻らないって――……っ」
「い、痛い、痛いっ、い、さく」
ああ、通りで。今日、みつねが元気無いわけだ。そういう事だったんだ。知りたくなかった。小さく喚くみつねに構わず、僕は屈んではみつねを抱き上げた。みつねが持っていた杖がからんと高い音を立てて落ちた。それでも構わない。そんな杖、後でで良い。無作法だけと室の戸を足先で開いて僕はみつねと共に室に入った。暴れるみつねを早々に下ろして、戸を閉める。暗い夜が更に暗みを益して、僕の焦燥に拍車を掛けて往く様に思えた。何で気付かなかったんだろう。五年間と半年も一緒に居たというのに。いや、僕だって何度と考えた。不安になった。でも、そんな振る舞いも雰囲気も何一つ見せなかったじゃないか。今の今まで僕と同等に見ていたんじゃなかったの。何で、何で――。
「仙蔵が好きなの……?」
みつねの息を呑む声。でも、その声は図星というには程遠く感じた。振り返りみつねの頬を探る様に手を伸ばすと、みつねの何処かに触れたみたいで跳ねては離れて行く。
「……元気が無かったのはこういう事だったんだ」
月隠れる夜の下で見たみつねの泣きそうな面。心が此処に無かったのは煩わしい恋の所為だったんだ。失恋、したのかな。胸が痛いから出てきた表情なんだよね。ねえ、何か言ってくれないと、僕は嫉妬に駆られてしまいそうなんだけど。でも、心の隅で僕は嬉しいと思っている事も確かで。一番に望んでいるのは「何を言っているんだ? 男が男を好いてどうする」って言いながら僕の言葉を真っ向否定する事。ねえ、みつね。何で黙ってるの。どうして何も言わないんだい。
指先でみつねの居場所を探って、目を慣らして、僕はみつねの続く言葉をひたすら待ち続けた。