の中で

弛み往く理性の紐を張り直して

 伊作の言葉に息を呑んでしまった。私が仙蔵の事が好きなのかと、伊作は問う。けれど、それは私も同時に自分に向けて聞きたい事でもあった。私は仙蔵の事が好きなのか、と。結論は分からない、だ。では反対に問うてみる。私は仙蔵の事が嫌いなのか、と。仙蔵が向けてくるあの微笑は、最初こそは嫌で嫌で仕方が無かったけれど、気付けば多少歯痒く感じるけれど受け入れてしまっていた。触れられればとくんと胸奥が鳴って。見詰められると顔が熱くなって。耳元で囁かれれば手に汗を握っていた。時に意地悪な言葉を並べて言い寄ってきたけれど、妙に心地好くも感じて、来ない日は来ない日で今日は仙蔵は来ないのかと仙蔵を気にしていた。友として、一人の男として、私は仙蔵を嫌いには到底思えない。ともすると、やっぱり好きなのだろうか。消毒と言っては唇に触れてきた仙蔵を思い出して、全身の血液が沸騰してしまったかのように熱くなった。途端、唇に何かが触れて、大きな音を立てて後ろへと倒れてしまった。

「……元気が無かったのはこういう事だったんだ」

 伊作の低い声。穏やかでは決して無いその声に喉を鳴らしてしまう。探り来る伊作の手が私の――怪我している方の脚に触れて。一も二も数えない内に腕を掴まれて引き寄せられた。痛みに小さく呻くけれど、伊作の耳には届いていないのか私の身体を力強く抱き締めてくる。

「   」

 名を口にした筈だった。けれど、怖くて。抱き締めてくる伊作の腕が、胸が、手がとても大きく感じて、伊作の袖を掴むだけで精一杯だった。昨日、抱き締められた時に感じた畏怖。伊作も男の人なのだと、私が女なのだと、そう言われている気がして。

「   」
「栢丸……今、布団敷くから待っててね」

 伊作の大きな手が私の頭を抱え込んでこめかみに伊作の頬が当たる。此処に居てはいけない。女だと知られてしまいそうで怖い。そう思うのに、私の身体は竦んで腕を伸ばす事すら出来ないでいた。





 手に掴んだ感触に迷わず抱き寄せた。腕に捕らえた温もりに鼻先を寄せてみつねを感じる。小さく震える身に泣きそうになるけれど、その震えが僕の理性を保たせてくれた。この震えが無ければ僕はきっと「みつね」とそう呼んで唇に食らいついていただろう。僕だけを見てくれれば良いのに。僕はずっとみつねを見守ってきたというのに、みつねは仙蔵の事が好き。みつねが口にしたわけではないけれど、否定すらしてくれない。違うならば必ず否定するあのみつねがだ。仙蔵の事を想っているのは確かなのだろう。
 布団を敷くからと口にして名残惜しいけれど僕はみつねから離れた。出したままの衝立に手を当てて、布団の在り処を探る。少しは慣れた目でもまだ暗い。普段通りに布団を広げて、僕は身動き取れずに居るであろうみつねの腕を掴んだ。途端、肩を跳ねらせて僕を見上げてくる。どうしよう。言おうかな。僕が実は栢丸が女の子だと知っていると言ったら、どんな反応するだろう。もっと怖がるだろうか。女の子らしい姿をもっともっと僕に見せてくれるだろうか。小さく僕の名を呼ぶみつねの声はとても震えていて、みつねも自分が今は男の形――栢丸だという事を忘れてしまっているんじゃないだろうか。先は感情のままに強く抱き寄せてしまったけれど、今度は優しく丁寧に抱き寄せる。可愛らしい声で僕の名を囁くものだから、思わず唇を寄せてしまいそうになる。でも、駄目だ。まだ、駄目だ。藤の簪を手に入れるまでは僕は打ち明けない。でも、打ち明けられたら――今、打ち明けたらみつねは僕に抱かれてくれるんじゃないかって、そう思ってしまう。正確には、僕に抱かれてくれるんじゃなくて、みつねを抱けるんじゃないか、だけど。
 脚の裏に腕を通し抱き上げて布団の上に下ろすと僕は頭巾を解いて装束を袴から引き出した。さて、どうしようかな。

「いさく……」
「……僕が慰めてあげる」

 駄目だ。止めておこう。袴の前帯に掛けていた手を離して、僕は腰を下ろしてみつねの頬に触れた。頬から顎、そして首へと手を沿え這わして頭巾を解いてやる。髪紐も解いて、真っ直ぐな髪を優しく梳きながら腕の中に抱き締めた。今はまだ駄目。駄目なんだ。心内に何度と言い聞かせて、焦る胸奥の鐘を静まらせる。みつねは今、怪我している。保健委員長である僕が怪我をしている女の子に無理強いては駄目だ。男として情けないし。それに――嫌われたくない。

「どう、して」
「どうしてって……泣きそうな顔の友が居たら慰めてあげるのが普通だろう?」

 頭を撫でて、そのやっぱり女の子だと分かる華奢な身を包み込むように抱き締めて、僕はみつねを布団の中へと誘った。口吸いたい。まだ触れていない白い肌に触れたい。みつねの温もりを全身で感じたい。そんな欲望を抑えて、僕は夜の帳の中で僕の袖を掴んでくるみつねを抱き締めながら愛しいと想った。
 仙蔵には渡さない。みつねは僕のものにしてみせる。