を並べて

嘘を友に生きてきた私であっても

「今夜は先約がある」と口にすれば留三郎は「そうか」と小さく私の耳元に囁いて離れた。先約があるなんて嘘だ。唯、留三郎と不寝番は出来ないと思ったから口にしたまでだ。手の腹で涙を拭うと留三郎に顔を掴まれて見慣れた色の袖の口で拭かれる。今日の留三郎はやっぱりおかしいと思う。何時もの留三郎なら舐めてくるだろうに。おかしい留三郎の方が安心出来るけれど、何時もと違う態度に何か企みがあるのではないのだろうかと変に勘繰ってしまう。

「……何だか今日は優しいな」
「俺は何時だって優しいだろうが」
「いや、何時もは優しくない」
「おい」

 小睨んでくる留三郎に小さく笑うと、留三郎からも苦笑が漏れた。

「なあ、みつね」
「栢丸だ」
「栢丸、藤の簪は――」
「やらん」
「最後まで聞けよ」
「誰にもやらない」

 何を聞かれても答えは一つ。藤の簪は誰の手にも渡らない。私だけのものだ。今は兵助に預けているけれど、絶対に誰の手にも渡らせない。布団を畳んで一息吐くと、私は胡坐掻いて真っ直ぐな目を寄せる留三郎を見下ろして、「私はこの一つしか返さない。何度聞かれようが無駄だ」と釘を刺した。





 身の入らない日が今までに無かったわけではないけれど、今日程、呆然と過ごした日は思い返してみても一日足りと無い。普段通りの私なら躱せた筈の文次郎の苦内を太腿に受け、私は今、医務室で伊作に傷を診て貰っている。血の出具合は午前に比べて幾分か治まりを見せているけれど、伊作の顔は渋いままだ。新しい包帯と薬を脇に置いて、傷口と睨めっこしている。そんな伊作の眉間を眺めながら、私は伊作の髪に手を伸ばした。途端、伊作はびくりと肩を動かして私に驚きの顔を見せてくる。

「な、何、どうしたの」
「いや、何となく」
「そ、そう」
「嫌か?」
「い、やじゃ、無い、けど」

 前髪に触れると癖のある少し固い髪が私の指先に馴染む。いや、固いなんて事は無い。留三郎や小平太に比べたらまだ柔らかい方だ。何を以って固いだなんて思ったのだろう。先よりもぎこちなさを持った伊作の手が私の傷口に触れる。ずきんと痛むけれど、口を一文字に食い縛って声一つ出さず耐えた。薬が塗り込まれて、じんわりと波打つ痛みが心地好く感じてくると、静かに息を吸ってはゆっくりと吐き出した。白い包帯が巻かれ往く最中も、私は伊作の髪に触れて気を紛らわす。

「ありがとう」
「注意散漫だからだよ。暫くは無理しない事、良いね?」
「無理しようにもこれでは無理出来ないよ」

 暫くの間、移動が不自由しそうだ。手渡された杖を握り締めて、暫くの友を眺める。

「部屋まで送るよ」
「あ、いや、いい。今日は戻らないから」

 医務室から見える空の色は暗い。四つを数える頃合いだろう。太腿を庇いながら起き上がると、私は杖を脇に支えながら伊作に背を向けた。あまり長居すると伊作の世話焼きが始まってしまう。

「戻らないって、どうして」
「今日は逢引きの日なんだ」
「……誰と」
「野暮な事聞くなよ。……可愛い後輩とだよ」
「その足で?」
「ああ。ではな、おやすみ」

 私が日頃、可愛い後輩と呼んでいるのはくノたまのユキの事。ユキとは逢引き予定は無い。月夜の晩は時折、月見に誘う事もあるけれど、今日は忍び日和な曇り空だ。ユキをだしに使ってしまった事に罪悪感が募るけれど、伊作の手から逃れるには他に方法が無い。怪我すると口五月蝿く付き纏ってくるのだから仕方の無い事だと割り切る。でも。

「伊作……」
「途中まで一緒に行く」

 振り解こうにも解けそうに無いと思う程の強さで手首を掴まれた。少し釣り目がちな伊作の目がとても鋭利に見えて、あまりの真摯な眼差しに私の嘘が見透かされているのだと知った。嘘吐くのは上手い方なんだけどな。

「……分かった。戻る。……嘘吐いてごめん」
「うん。それじゃあ、片付けるから少し待ってて」

 真面目な面が笑顔に一変すると、私の手首を掴んでいた伊作の手が緩められた。手から腕へと熱が走る。ああ、血流を止められていたんだ。じんわりと小さな痛みを帯びた手を見詰めて、私はゆっくりとその場に座した。