う面に

如何程の想いを胸に秘めていたのか知らしめたい

「栢丸居るか?」
「顔洗いに出てるぞ」
「おう、早いな、仙蔵」
「お前もな」

 仙蔵はみつねが栢丸だって事を知らないんだったよな。緑青色の装束に着替え髪を結う仙蔵の背を見ながら、俺は室にお邪魔させてもらう事にした。衝立で隔てられているとはいえ、あの仙蔵がみつねと同じ室で夜を共にしているなんてな。そのままにされている布団に触れ、熱の在り処を探す。温もりが無い事に結構経つのだと知った俺はその場に座してみつねの帰りを待つ事にした。髪を梳く音。着ぬずれの音。仙蔵が発する音の何もかもが俺の耳を掠める度に、仙蔵を憎らしく思う。だが、まあいい。仙蔵は何も知らないんだ。みつねの家に行った時も仙蔵に殴られはしたが俺の気持ちにけちを付けてはこなかった。

「なあ、留三郎」
「何だよ」

 布団を腕の中に寄せ集め抱く。柔らかさと冷たさに思わず眉間を寄せてしまうが、鼻先を埋めると――ああ、やっぱりみつねの匂いがする。俺はこのみつねの匂いが好きだ。穏やかで柔らかい。そんな優しい匂いがする。抱き締めてえ。まだ帰って来ないのか。早く帰って来いよ。今日、俺は用具倉庫の不寝番なんだからさ。一緒に居られる時間が少ないんだ。っ――はあ。抱きてえな。

「腹を割って認めた誼みで一つ言っておきたい事があるのだが」
「何だ。勿体振らずに言えよ」
「実はな――」

 結い終えたのだろう仙蔵の立ち上がる音を耳にして、俺は衝立の奥を見上げた。少しばかり苛立ちを隠せない仙蔵の面が衝立越しに俺を見下ろしてきて、俺は仙蔵が口にした言葉に「冗談だろ」と吐き捨てた。





 みつねに元気が無い。普段から小平太の様に体力が有り余っている感じはしないにしても、今日は一段と覇気が見られない。寝起きだからとは言っていたけれど、顔を洗って歯も磨いて、遠くを見るみつねの目は何時もと違って心此処に在らずなものに見えた。決して眠気眼なんかじゃない。喉仏やら声やらで笑みを見せてくれたけれど、でも何処か渇いた笑みで。

「栢丸、もしかして昨日の気にしてる?」
「え、何」
「あ……聞いてなかった?」
「あ、ああ……済まん。一寸、考え事していて、な」
「そう」

 苦笑するみつねの面は何時にも益して憂いて見えた。あの後、長次と何かあったのだろうか。いや、でも、さっき長次と顔を合わせた時には気になる反応はしていなかったし。

「伊作」
「え、あ、何」
「何処まで着いて来る気だ。伊作の部屋はそこだろう?」

 指差された方へ視線を向ければ確かに僕の名前「善法寺伊作」と書かれた表札が掛かっている。でも僕の足はみつねへと向いていて。

「ははっ。伊作まで考え事か?」
「……人の気も知らないで」
「うん?」
「いーや、別にっ」

 誰の事を考えていたか教えてやろうか。みつねが栢丸で、長次に何かされたんじゃないかって気が気じゃないというのに。何か嫌な事とかあったのかと心配したり、悩んでいるのなら一緒に悩んであげたいと思っているというのに。何時だってみつねは飄々としてはぐらかす。そこがまた男らしくて気に食わない。弱味を見せたと思いきやそうではないと強がってそっぽを向くんだ。僕が一年生の頃からみつねが女の子なんじゃないかって勘付いていたと知ったらどんな顔するかな。多分、笑っていられないと思うよ。憤慨するかもしれないね。
 あまりにも面白くなくて、僕はみつねから顔を背けて自分の名が掛かる室へ入って行った。絶対に藤の簪を手にしてやる。この五年間と数ヶ月、みつねが女の子なのだと誰に知られる事無く生活出来たのは、僕の陰ながらの協力もあるのだという事を存分に知らしめてやる。

「……僕の五年間と数ヶ月のこの想いはとても重いものなんだよ」





 唯、私にくっ付いて来て大丈夫なのか聞いただけだった。私を心配してくれている伊作に、普段通りの私をと思って伊作の呆然とした行動に苦笑しただけだった。私よりも伊作の方が考え事をしている顔だったから、伊作も考え事なのかと聞いただけに過ぎなかった。なのに、私は伊作を拗ねらせてしまったらしい。何で臍を曲げてしまったのだろう。何か変な事を言ったかな。特に気に障る様な事は口にしていないつもりだったのだけど。むすっとした顔で離れて行く伊作に何も言えなかった。ごめんと一言、言ってあげれば良かった。でも、今の私にはそんな余裕も無くて。何に対しても面倒に感じてしまった。

「……駄目だなあ」