り切れた拳

触れた手の感触が愛おしくて

 一向に視線を合わせようとしないみつね。そのみつねが見詰める先――湯呑みを持つ手に僕は手を添えた。触れた途端、みつねの肩が僅かに跳ねて、普段らしからぬみつねの面に胸が熱くなった。急に女の子らしくなったというか、僕をようやく男として認識してくれたかというか、僕から逃げ様と頭を働かせているんだろうけれど、僕は添えた手を逃がすまいと少しづつ力を入れて握った。長次にみつねに聞けと言われたと口にしても頑なに口を割らない。終わった事だから追求するなと言うみつねの面はとても苦しそうで、何も無かったわけではないのだと僕に訴えている様に見えた。だから、咄嗟にみつねの肩を引き寄せて抱き締めてしまった。掻き抱いて、唇を塞いでしまいたくなった。でも、そんな事出来るわけがない。強引に触れたら離れてしまうだろうから。一瞬の迷いが僕の理性を強くした。抱き締めた瞬間に感じたみつねの肩の震えが僕を迷わせた。思い留まって、本当に良かった。本当に、良かったと思う。
 手に、腕に残るみつねの感触が僕の胸内を焦がす。じわじわと広がる痛みに僕は拳を畳に打ち付けた。

「長次……」

 きっと――ううん、違う。絶対に、だ。長次は栢丸がみつねだって知っている。知っているんだ。知って、だからみつねを町に連れ出した。町で何があったのか知らないけれど、みつねにとって良くない事があったに違いない。長次の事だから、長次としてはまだ何か足らなかったんだろう。足らないからこそ、みつねに執拗に近付いたんだ。僕が護らなきゃ。何をされたのかは分からないけれど、男である僕を怖がる程度には何かされた事は確かだ。

「昔、抱き締めた時はあんな反応しなかったのに……」

 男としてじゃない。仲間として、友として、僕が抱き締めれば軽く抱き返してくれる余裕があった。不思議と男同士なのだと思わされる程に、気前の良さがあった。だというのに、先の反応は――。

「みつねっ」

 みつねが去った場所に残された湯呑みを見詰め、僕は思わず呟いてしまった。再度打ち付けた僕の拳は真っ赤に擦れ切れていた。





 藤の花簪を隠す場所を確保したは良いけれど、ずっと兵助にお願いするわけにはいかない。自室の何処かに隠せれば良いのだけれど。伊作の室から戻って来た私は自室の戸を開けて真っ先に文机の手前に腰を下ろした。伊作に触れられた手や肩を忘れたかったからかもしれない。別の事を考えて気を紛らわそうとした。呆然と押入れの戸を見上げていると、背後に気配がした。この気配は多分、仙蔵。振り返り見遣ればやっぱり仙蔵だった。「何だ」と言いながら濡れた髪を手拭いで丁寧に拭っている。「いや、何も」と答えれば「そうか」と返ってきた。仙蔵はくノたまの中に私が居ると思っているから私の私物を探る事はないだろうけれど、長次と留三郎は違う。今日も私が離れている隙を狙って室に入ったかもしれない。となると、探られたか探られていないか本人が知らないところで確認出来る仕掛けも必要だ。先ず、何処に隠そう。確認する仕掛けは隠す場所を決めてから考えた方が良いかな。

「栢丸」
「うん、何だ?」
「明日の夜、他に行ってくれないか」
「……は?」

 何を言われたのか分からなかった。他に行けというのは――。

「明日、みつねが来るのだ」
「……はあ!?」
「明日の晩に俺の下に忍んでくると言ってきたのだ。だから、明日は他のところで寝てくれ。他言無用にな」