めた思惑

思う事は皆同じ

「兵助、何か良い事でもあったの?」

 既に支度を終えた勘右衛門が胡坐を掻いている。押入れに手を突っ込む俺の気分を察したみたいだ。「まあな」と答えてやると、「ふーん」と平凡な返答。伏見先輩から預かった淡い藤の色と形を持つ簪を俺の女装用道具と一纏めにして収めると、俺は戸を閉めて勘右衛門に向き直る。今日から五日間の校外実習。伏見先輩に会えないのが残念だけど、次の次の休みには一緒に町に行く約束をしてもらった。それも、伏見先輩のあの女装姿で俺と恋仲を装ってだ。嬉しくないわけがない。まあ、気掛かりといえば、俺達五年生の校外実習が終わった後に直ぐ予算会議が開かれるであろうという事くらいだろうか。伏見先輩、予算組むの大丈夫だろうか。困ったら直ぐに土井先生に言ってくださいとは言っておいたが、少し心配だ。今朝、帳簿に目を通しておいたけど、斉藤が時々変なもの計上しようとするからなあ。伏見先輩、斉藤の事ちゃんと見ていてくれてると良いけど。
 簡単な荷を背負うと俺は勘右衛門と共に室を出て門へと向かった。





「小平太らしいと言えば、らしいかな」
「くノたまの五年生達が裏々々々山で実習だったとは、俺も知らなかった」
「通りで仙蔵が朝一で火薬くれと言うわけだ」
「二人して姿が見えないと思えば……文次郎も裏々々々山に行ったってのか?」
「阿呆だなー。くノたま長屋に行けば良いのに」

 腹を満たして午前の授業の始まりの鐘を耳にした私達は、武器と名付くもの全てを置いて、頭巾を解いて上衣を脱いだ肩衣姿で六年生長屋の庭で柔軟体操を各々始めた。皆の隆々とした――でもとても引き締まっていて形の良い腕の筋肉に思わず見惚れてしまうけれど、気を紛らわす為に私は先の小平太の話を持ち出す事にした。仙蔵や文次郎は火薬を使ってくノたまの五年生の実習に飛び入り参加を狙っているような話を聞いた。くノたまの五年生の実習内容は確か、黒色火薬を使用した火器の威力についてのものだった筈。使用目的欄に書かれていた兵助の字を思い出す。対して、小平太はくノたまの五年生の実習には参加する気はないみたいで、くノたまが風呂に入る機会を逃すまいと見張るらしい。実に小平太らしい。仙蔵や文次郎の様に細かい段取りせず、風呂を覗くという年頃の男児には至ってまともな興味心で動いている。

「さてと、誰から私と組手するんだ?」
「俺がやる」
「いや、俺が先だ」
「俺が先に声掛けたんだ。長次は後だろ」
「秋休み前から俺は栢丸と約束していた。俺が先だ」

 我が我がと言い合い始めた留三郎と長次から離れ私は一息吐く。伊作に顔を向けると「あ、僕は後で良いよ」と控えめなお言葉を貰った。よし、面倒だ。どうせ、留三郎と長次は何かしら含みがあって私と組手したいだなんて言っているだけなのだから。

「分かった。留三郎と長次が手合いして勝った方とやる。それまで私は伊作と組手してるから」
「な、俺が先だ!」
「俺だ」
「だから、勝った方としてやるって言っているだろう! 俺だ俺だと喧しい事言ってないでさっさと手合わせしろ!」

 正直、力任せに挑まれては私は勝てない。やっぱり、女の身体というものは男とかなり違うもので、忍たまとして身を置く私はそれを十分に身で理解していた。同い年くらいのくノたまに比べたら筋肉が付いている方だけど、それでも足りない。肩衣から覗く私の腕と隣並ぶ伊作の腕を見比べても、やっぱり私は女なのだと知らされる。伊作よりも私の方が鍛練沢山しているのに、この差はどうにしたって埋められない。悔しい。

「これくらい離れれば飛ばっちりは食わないかな。さ、始めようか」
「お手柔らかにね」
「それはこっちの台詞だよ、伊作」

 苦笑一つ零し一礼の後、すっと構える。私は緩んでいた頬を引き締めた。





 何で長次は俺の邪魔をしやがる。組手したいと一番に言ったのは俺なのに。くそう。俺が勝ったら簪くれっていう条件で挑もうとしたのに、大きな誤算だ。長次も長次で何時も以上にやる気だ。何でだよ。何時もだったらそこは俺に譲ってくれるだろ。あーくそ、上手くいかねえ。どさくさ紛れて胸触ったりしちまったらどうしようとか、いや、でも確か立派な胸板だったよなとか、その胸板どうなってるんだとか、いっその事仕掛けて確かめてみようかとかいろいろと期待していた分、がっかりだ。この落とし前はきっちり高く着けてやる。伊作が羨ましい。不運の曲に何、幸運掴んでやがるんだ。

「長次、覚悟しろ!」
「手加減はせん」
「俺の台詞だ!」

 礼もそこそこに構える暇すら惜しんで俺は長次に挑み掛かった。絶対に勝つ。そして、みつねの胸を触ってやるんだ。





 留三郎の拳が重たい。足は軽やかに攻めてくる。掌や腕で受ける度に響く痛みに、俺は歯の奥を食い縛り反撃した。留三郎は俺が栢丸がみつねであると知っているのだとまだ気付いていないようだ。何も知らない曲に邪魔するなと顔に出ている。それにしても不思議なのは伊作だ。俺はてっきり、みつねの「くノたま長屋に行けば良いのに」の呟きで早々に行動に移すかと思っていたのだが、移さずに俺達と共に鍛練を始めた。伊作はみつねが栢丸であると知らない筈だ。知ったような顔もしない。それとも、俺達がくノたま長屋に行かない事を不審に思って俺達と共に居る事を選んだのだろうか。伊作なら有り得る。伊作は表穏やかにして曲者だからな。機会があっても確信を持つまでは行動に移さない奴だ。暫くは様子見という事なのだろう。

「余所見してると危ないぜ!」
「っ」

 頬を掠めた留三郎の拳は鋭い。口が切れて血の味がする。正しい型で一つ一つ決めて交互に繰り出すみつねと伊作の組手を視界の端に見遣っていた俺は、留三郎唯一人に視線を戻す事にした。斯く言う留三郎も今までみつねに気を取られていた様で、よく見れば俺の蹴りに因って手の甲やこめかみを擦っている。これはみつねの作戦なのだろう。俺達で先に体力を消耗させておいて、後で組手――いや、きっと手合わせになるだろう――する時に少しでも有利になろうと思っての事だ。だが、分かっていない。俺は卑怯な手を使ってでもみつねを捻じ伏せる気だ。俺はみつねを組み敷きたい。そして組み敷いた時の反応が見たいだけだ。留三郎には悪いが、俺は勝たせてもらう。指を一つ一つ折り握ると、俺は腰を落とし構え直した。





 僕は長次とみつねとの間で何があったのかが知りたかった。絶対に何かあったに違いない。僕もだけど、みつねの藤の簪を探すと言っていたのに、みつねと共に組手すると言ってくノたま長屋に見向きもしなかった。僕の予想があっていれば、あの時――秋休み前に長次とみつねが町に艶本の買出しに行くと言っていたあの日、長次は栢丸がみつねだという事を知ったんだ。長次の事だから、みつねに対して良くない事をしたのかもしれない。みつねに迫ったとか。その割には執拗にみつねに関わってくるみたいだけど。長次は一度抱くと心に残るものがなければ直ぐに離れて行く。乞われれば応じるみたいだけど、みつねが乞うなんて事する筈が無い。端から見ている限り、みつねは長次と接するのが嫌に見えるから。長次が知っているのなら、僕の室に身を隠しに来た理由が付く。

「ねえ、栢丸」
「何だ、伊作」

 僅かに勢いを付けて、だが丁寧に僕が受ける場所に的確に当ててくるみつねの型。どれも模範的なもので、綺麗に決まる。一つ受ければ僕が一つ返す。僕が返せばみつねはしっかりと受け止めて、また一つ僕に返してくる。呼吸を整えて、流れの中で丁寧に繰り出し合う組手に、僕は終止符を付ける様に一打繰り出した。

「痛っ」
「僕達も、本気で手合おう」
「伊作?」
「僕が勝ったら、長次と何があったのか話して」

 瞬間、みつねが瞠目した。ああ、やっぱりそうだ。長次と何かあったんだ。

「……何で」
「何で知ってるか? 見てれば分かるよ……栢丸、秋休み前からずっと長次に遠慮してる」

 女の子だからって手加減しない。むしろ、したら負けだ。懐に入って力で捻じ伏せれば容易いかもしれないけれど、みつねは懐に隙を見せてくれはしない。僕は腰を低くし構え、みつねの有無すら聞かずに踏み込んだ。