換条件

条件という名の結束を深めるには

 夏が過ぎて涼しい季節となると、煙硝蔵は一早く冷え出す。袖より手を入れざわりと粟立つ肌を必死に温めた。腕を擦り温めながら一歩一歩奥へ入る。天井より漏れる陽の光から隠れ、薄暗い中に居る人物の背を見付けた私は、一つ声を掛けた。

「兵助」
「伏見先輩」

 艶やかな長い髪を揺らし振り向く兵助が嬉しそうな顔で寄って来た。手には何やら書物らしきもの。火薬の勉強でもしていたのだろうか。首を傾げその兵助の手元を見遣れば。

「火薬委員会の帳簿です」
「ああ、そうか。もうじき予算会議か」
「授業や自習で使用する火薬以外記すものが無いんですが、一応見ておこうと思って」
「裏の火薬委員長はご苦労な事だ」
「火薬委員長は裏も表も伏見先輩だって言っているじゃないですか!」

 少々むきになる兵助を宥めては兵助の手元から帳簿を奪うと、私ははらりとその背表紙を開き見た。兵助らしい字の綴りに目で追い次へ次へと捲っていくと、兵助に呼ばれ視線だけ上げる。

「どうした」
「その……次の休み、空いてますか?」
「悪いな。先約があって空いてない」
「では、その次の休みは?」
「次も別の奴と約束があって……何だ、どうしたんだ」

 帳簿を閉じると私は兵助の下がる眉を見て小さく笑う。「その、一緒に行きたいところがありまして」と小さく呟く兵助は以前に比べ遥かに遠慮している様で。私の機嫌を伺っているのだろう。私の手元から帳簿を奪うと、兵助は真摯な目を私に向けてきた。

「俺と一緒に町に行ってくれませんか?」
「何かあるのか?」
「お世話になっている豆腐屋さんが、彼女連れて来いと――」
「行かないに決まってるだろ」
「最後まで聞いてください!」

 何を言い出すのかと思いきや、彼女として豆腐屋に一緒に行ってくれだなんて。栢丸として居る私は今は男であって、女ではない。彼氏ではなく、彼女と言った兵助に私は聞く耳持たないと行動で示した。兵助に背を向けて、火薬の使用を記す紙が収められている棚に足を踏み出すと、私の腕に兵助の手が掴み掛かってきた。

「彼女を連れてくれば飛びっきりの美味しい豆腐をくれるって言うんです! お願いします! 女装して、俺と一緒に――」
「兵助の友に変装の名人がいるだろ! 鉢屋に頼め!」
「伏見先輩が良いです! お願いしますよ、何でも奢りますから! それにそこの豆腐、もの凄く美味いんです! 伏見先輩も是非――」

 腕から肩へ、肩から腹へ腕を回され兵助に背から抱き締められた私は咄嗟に懐に宛てられた兵助の手を掴み上げた。言葉途中に黙ってしまった兵助に思わず溜息を吐いてしまう。兵助が私の懐で触れた何か。それは秋休みからずっと護ってきた藤の簪。自室に置いておく事を躊躇って、私は懐に忍ばせていた。

「……分かった。次の次の休みを兵助の為に空ける。何でも奢ると言ったよな?」
「はい!」
「それは――何でもする、に変更は可能か?」

 自室に置けないのなら、他の者の室に囲って貰えば良い。下級生では心許無いけれど、五年生であればきちんと約せば丁寧に密やかに扱ってくれるだろう。私は兵助に腕を解いて嬉しそうなその面に苦笑した。