ち受ける拷問

誰か助けてください

 秋休みはあっという間だった。突然訪問して来た仙蔵達も翌日には帰ってくれた。兵太夫に宿題の分からないところを教えてあげたり、私も六年生の宿題の為に数日家を出て、残りの休みは兵太夫と――あとまた性懲りも無くやってきた仙蔵と共に恙無く過ごした。ううん、過ごした筈だった。筈だったというのは、少し――いいえ、かなり私の心の平穏が脅かされたから。以前に益して仙蔵は意地悪になった。しつこくもまだ優しかった仙蔵が、優しさよりも意地悪な笑みを見せるようになってきたのだから。

「で、お前は私に愚痴を聞いて欲しいのか、惚気を聞いて欲しいのか、どっちなんだ」
「両方だ」

 秋休みが終わって学期初めの夜。私は衝立越しに仙蔵の秋休みにあった話を事細かく聞かされていた。正直、心臓がばくばく脈打っている。何故か分からないけれど、とても眠れそうにないくらい早鳴っていた。仙蔵に抱き締められて、接吻なんかされてからというもの、私は以前の様に振舞えないでいる。それは栢丸の姿で居る今も。何度と溜息を吐く事で辛うじて普段の栢丸の姿を装えているけれど、私の胸内はよく分からないもやもやとした気持ちで悲鳴を上げていた。

「まあ、食満三郎のお蔭でみつねの唇に触れる事が出来たが」
「よ、良かったじゃないか。お前、前々から口吸いたいと言ってただろう」
「だが、俺としてはみつねを学園内で見付けてからと決めていたのだ」
「……何でまた」
「学園でみつねを見付ける事が出来たら、みつねが俺に接吻すると約したからだ」

 仙蔵と約束した覚えはないのだけど。とは言えない。そもそも、何で仙蔵はそんな話を私に事細かく話すのだろう。誰かに聞いて欲しいというのか。お話好きな女の子じゃあるまいし。時々、猥談になるのだけど、本当に、これは拷問だと思う。私の唇がどれほど柔らかかったとか、抱き締めた時の触り心地だとか、聞いていてとても恥ずかしいし、身を抉られるような胸に焼印押されたかのような、何とも言い難い気持ちにさせる。私がみつねだと知ったら私は殺されてしまうのではなかろうか。これは私が聞いて良い話じゃない気がするのだけど。ああ、もう。恥ずかしい。布団の端をぎゅっと掴む事で仙蔵の嬉しそうな声に耐える。出来る事なら、このままがばっと布団を頭から被ってしまいたい。

「――栢丸、聞いてるのか?」
「えっ、ああ、聞いてる、聞いてるよ」
「可愛いと思わんか?」
「は? 何が?」
「だから、接吻しただけで顔を真っ赤にして、離せと言うのだが言う割には俺の袖をくっと掴んでだな――」
「あああああ、か、可愛い、可愛い、凄く可愛い!」
「だろう! あまりの初々しさに強引にも口吸ってしまいそうになったものだ」

 もう嫌だ。これが明日も明後日も続くと思うと耐えられない。明日は鍛練に出よう。仙蔵の話なんか聞いてられない。早く寝て欲しい。というか、寝てくれ、頼むから。文次郎の部屋にでも逃げ込もうかな。幸い、文次郎は私がみつねであると知らない。文次郎は一人部屋だから夜間演習に出る事が多いので気兼ね無くぐっすりと眠れそうだ。うん、そうしよう。明日は文次郎の部屋に逃げ込もう。あ、でもその前にあの簪をどうにかしないと。秋休み中に取られる事は無かったけれど、何処か安全なところに保管しないといけない。今日は木箱に入れて私の腕と腹の間に置いているけれど、常に持ち歩くわけにはいかない。よく考えないと。

「抱きたい」
「ん?」
「みつねを抱きたい……いや、いかんな。欲が出てきた」
「……そ、そうか」

 先迄聞き逃していたのに、私はどうして聞きたくないものを最後まで聞いてしまうのだろう。私の何処が良いの。大川学園のくノたまはどの子も見目良い子ばかりだというのに、何故、私なの。色んな子に声掛けられてたじゃないか。付き合っては別れて、付き合っては別れて、その繰り返し。だというのに何故、私なんか。そうだ、何故なのだろう。

「……なあ、仙蔵」
「何だ、栢丸」
「そのみつねの何処が好きなんだ?」

 私を好いているという仙蔵は六年生になってからというものくノたまの彼女を持たなくなった。何時もならくノたまの子から告白されれば断る理由も無いからと付き合うものの、断るようになってしまった。女の子が居るから困る事も無かった――その、男児の息抜きも、今ではこの自室でしている。みつね、みつねと私の名を呼びながらするものだから、そういう時は黙って私は室を空けるのだけど。そもそも、同室の仲間に遠慮してくれと言いたいのだけど、お前もするかと言われてしまうので早々に室を出なければならない。そんな仙蔵の全てを知っている筈なのに、どうして私――みつねの事が好きなのかはさっぱり分からないでいた。

「何処が、か……分からんな」
「分からないのに好いていると言うのか?」
「強いて言えば、先ず胸が鳴った」

 仙蔵の言葉に思わず「はあ?」と答えてしまった。「お前も好いた女が居ると言っていただろうが。何故、分からん」と言われてしまい、口を噤んでしまう。そうだった。私は好いた子が居るという事にしていた事をすっかり忘れていた。この際だから、好きな子はユキにしよう。女の子の中で一番好きな子は誰だと聞かれたら、やっぱりユキだから。言わないけれど。

「あらゆる女から告白された時、何とも思わなかった俺がみつねに微笑まれただけで胸が高鳴ったのだ。幾多の女と唇を重ねても、身体を重ねても、欲しいとは全く思わなかったのに、みつねを目にした時、心苦しい程に欲しいと思ったのだ。胸を殴られた様だった。好いた理由をあげるならば、それだな」

 何故、好いたのか。「そんな事に理由など無いだろう」と、そう口にする仙蔵の言葉はとても朗らかな声で語られたもので、何故だ、何故だと思っていた私の胸内にすっと溶け込んだ。よくは分からない。でも、仙蔵は本当に私の事が好きなのだなという事だけは伝わってきた。

「……仙蔵」

 仙蔵の様に仙蔵の事を想っていない私は仙蔵に申し訳無く思えてきて。

「何だ」
「みつねも仙蔵の事、想ってくれていると良いな」

 とても複雑だった。ごめんの一言すら言えない。仙蔵にとって良い言葉しか返せない。

「想っているに決まっているだろう。何を今更――」
「き、決まってって――せ、仙蔵。お前、自信過剰!」

 申し訳無いだなんて、撤回。思う事は全く無い。少しは遠慮というものを知った方が良いと思う。私は仙蔵の幸せそうな頭に叫んだ。