ばれ遊ばれて

人で遊ぶ事は好きだけど遊ばれるのは嫌いなんです

 おじい様の目の前でいただいたばかりの藤の花簪を圧し折ってしまおうか。圧し折ったところでおじい様は嫌な顔一つしないのだろうけど、兎に角私は腹の居所が悪くて仕方が無かった。「お前の父に婿はどうするのかと相談を受けての、良い機会だから皆に協力して貰う事にしたのだ」と抜かすおじい様は本当は大川学園長先生と同一人物なのではと疑ってしまうくらい、酷い提案をしてきた。大川学園に居る間に私からこの簪を奪った者が私の夫となるらしい。正直、何て事をしてくれたのだろうと嘆きたく思う。おじい様としては、私が想う者がいればその者でも構わないと仰るのだけど、生憎と私にはお慕いする殿方は今のところいない。きっぱりと断れば仙蔵の肩が落ちた。だからこその処置だったのだろう。私から簪一つ奪えぬ者は私としても論外だと思うものだし、おじい様も私の気持ちを尊重してくれての事だと思う。でも、おじい様は分かってない。分かっているようで実際は全く分かっていない。私はこの仙蔵達と友達でいたいというのに。そんな事したら友達減ってしまうじゃない。

「大川学園でみつねが誰と知られておらぬのだろう?」
「……ええ、まあ」
「皆が皆、みつねを貰いたいというわけでもなかろう」
「……そうですね」
「何を不満そうな顔をしておるのだ」

 こんな事ならば何所の者と知らぬ武家の方と婚約させてくだされば良いものを。そう面に苦々しい情を乗せて私はおじい様を睨んでいた。おじい様は結果はどうでも良いのだ。唯、最近面白い事が無いから私で遊んでいるだけなのだ。婿を取るというのはおまけに過ぎない。ついでに過ぎないのだ。おじい様のそんな一寸した事で私の友達が減るかもしれないと思うと、泣きたくなった。

「分かりました。要はわたくしが誰と知られずこの簪を守りきれば良いだけの話です。おじい様のその課題、お受け致しましょう」
「課題とは固い」
「わたくしにとっては課題ですっ」

 まだ良い方なのかもしれない。この六人の中からこの者と結婚しろと決められたわけではないのだから。私がしっかりとこの簪を守り切れれば良いだけなのだ。おじい様は、大川学園に居る間――と確かに仰った。詰まりは、卒業する迄。

「皆さん本当にごめんなさい。おじい様が変な事を言って……無視してくださいね」

 やんわりと謝罪の言葉を掛けると私は一つ息を吐いて、茶を口にした。長次と留三郎以外には知られていない筈。今まで通り警戒していれば大丈夫な筈だ。唯、長次と留三郎がこのおじい様の遊びに付き合うのかが分からない。面白半分に付き合うかもしれないし、結婚前提のお話だからと控えてくれるかもしれない。ふと、視線を長次と留三郎に向けると、留三郎と目が合った。とても、目が輝かしい。これは――留三郎はかなり危険かもしれない。いや、危険だ。絶対に狙って来る。その隣の長次は静かに私が切った桃を口に入れ咀嚼する。無関心の様だ。今まで通りの警戒で良さそうだ。

「――みつね、みつね」
「は、はい!?」

 名を呼ばれていた事に気付かなかった。行き成り顔を近付けてきた小平太に思わず上体を仰け反らせた私は引き攣った返事をしてしまう。ああ、おじい様が笑ってる。とても楽しそう。でも私は全然楽しくないのだけど。

「私も探すからな」
「はい? って、え、ええ!? あ、あの――」
「私はみつねに惚れた」
「ぶっ、こ、小平太、貴様何を言って――」
「私なりに考えてみたら、どうしてもその簪が欲しくなった」
「どう考えたというのだ! 何も考えてないだろう!」

 私の両の手を掴んで離さない小平太の後ろから仙蔵と文次郎が小平太の肩や腕に掴み掛かる。今、私が栢丸の姿であれば三人を殴って黙らすのだけど、思いの外熱い小平太の手と視線に私は不本意にもたじろいでしまった。

「仙蔵や文次郎に簪が渡るくらいなら私が欲しいと思った!」
「抜かせ!」

 私の手から小平太の手を剥がした文次郎はおじい様に「お庭をお借りしても宜しいでしょうか」と丁寧に聞く。先迄の荒々しい口は何処へ消えたのだろう。でも助かった。私に「木刀を借りるぞ」と仙蔵が立ち上がり様言う。頷きはしたものの、私は畳に両の手を着いて項垂れそうになった。

「やはり、みつねは私に似てもてるの」
「嬉しくない……」

 今後は小平太にも注意しなくてはならなくなったのだから。そもそも、何で皆、良い年頃なのに好きな女の子とか将来を誓う人とかいないのだろう。忍びを目指しているからと答えられてしまえば何も言えなくなってしまうものだけど、女遊びしてた仙蔵や小平太には居ても良い気がする。何故、私なの。くノたまに綺麗な子や可愛い子、沢山居るじゃない。もっと伊作を見習おうよ皆。伊作だけだよまともなの。

「俺は就職活動としてその簪を狙おうと思っている」

 唐突に耳に入ってきた長次の声に振り向くと、口の端を少しだけ笑みに変えた長次と目が合った。就職活動――とは、何。何の話。

「大川学園で育った忍びなら大歓迎だからの」
「な、何言って――」
「ちなみに俺もだ」
「僕も。機会があるなら受けるに越した事はないし」

 六人全員、おじい様の手先だ。おじい様に良い様に言い包められてる。笹山家は外から忍びを取らないというのに。そうでなければ今頃私は大川学園に入学なんてしていない。入学しても、行儀見習いとしてだ。口元に指を一本立てて可愛らしく片目瞑るおじい様に、私は膝元に置いたままの簪を本当に圧し折ってやろうかと思った。