問客にご用心

一難去ったと思えばまた一難

 毎週訪れる休日は殆んど兵太夫と仙蔵との逢瀬――じゃないけれど、文にそう書かれているからそう呼んでみる――に潰れてしまった。姉である私に接吻してきた兵太夫には拳を頭上に落としてしっかりと叱ったし、仙蔵には視線を合わす度に頭を下げた。けれど、兵太夫は以前に益して私に甘えてくるし、仙蔵は――仙蔵にはもう、正直、拷問なんじゃないかって思う程に苦労している。仙蔵との休日は楽しいと思える。みつねの姿で居る時は以前に比べて、そんなにうんざりする事も無くなった。けれど、大川学園に帰って、友人として面と向かえば私との時間がどれほど楽しかったのか、事細かく私に話してくるのだ。知ってるし、聞いていて凄く恥ずかしい。私がみつねだと知った時、仙蔵はどんな顔をするのだろう。知りたいけれど、知りたくない。焙烙火矢を持って追い掛け回されそうで一寸怖い。
 そんな休日を過ごしては忍びとなる為に鍛練に向かう毎日。秋休みの話が出た頃に、私は開いた口を塞ぎ忘れて呆けてしまった。

「俺も着いて行くからな」
「面白そうだな。俺も着いて行く」
「ふざけるな! 誰がお前達を連れて行くか!」
「連れて行って貰うのではない。唯、俺達は着いて行くだけだ」

 私の目の前で左右に怒鳴り散らすのは仙蔵。右、左と仙蔵に食い付くのは文次郎と長次だ。今日も食堂のおばちゃんのご飯は美味しい。私の右隣に座る小平太は五年間、相も変わらずに私の盆に乗るおかずを狙っている。お代わりすれば良いのに。おばちゃんだって、小平太の食事には少しおまけしてくれているというのに、それまで平らげて私の食事に手を付けようだなんて、欲張りだ。私の左隣に座る留三郎はよく私の肩に自分の肩を当ててくる。六年生になる迄は知らなかったけれど、肩をさり気無さを装って当ててくる理由を知ってしまうと、どうにしても冷めた目で留三郎を見てしまう。留三郎の左隣に座る伊作、頼む。助けて。

「仙蔵、何処に行くんだ?」
「秋休みにみつねの家に行くんだとさ」

 口に含んだ味噌汁を飲み違えてしまって、私は思わず咳き込んでしまう。留三郎の手が私の背を撫でてくれるのだけれど、一寸手付きが厭らしくて、益々気持ち悪くなる。長次の目が笑ってる。口元は笑ってないけれど。これは分かる。にやり顔というものだ。

「ふーん。何だか面白そうだな。私も行こう。どうせ、秋休みは学園に残ろうと思ってたしな」
「小平太まで何を言い出す! お前達も、俺に遠慮するべきだろう!」
「俺も行って良いか?」
「留三郎まで何故!」
「仙蔵と文次郎が好いた女ってのが気になるからだよ」

 咳止まぬ私は心内で仙蔵に願った。本当に頼む。お願いだから止めて。特に文次郎と長次。仙蔵だけでも大変だというのに、秋休みにまで何故、顔を――それもみつねの姿で会わなければならないというの。これはもう、帰らない方が良い。そうだ。そうしよう。帰らない。秋休みは学園で過ごそう。と思ったけれど、駄目だ。長次は私がみつねであると知っているのだから、帰らないと此処で口にすれば長次も居残りそうだ。どちらにしても、私の休日に平穏が無い。長次の裏を掻かないといけない。さて、どうしよう。

「……留三郎、ありがとう」
「おう。大丈夫か?」
「大丈夫」
「なあ、栢丸。お前はどうする?」
「栢丸まで来るのか!?」
「あ、いや、私は良いよ……」
「付き合いが悪いぞ、栢丸」

 そう言う小平太は手付きが悪い。私の煮物を横から掻っ攫っては口に放り込んでいる。長次の視線がとても腹立たしい。私が行くだなんて言えない事を知っているから余計に腹が立つ。その隣で少しばかり安堵する仙蔵にも一寸腹が立つ。というよりも、何故、私の家訪問の話なのだろうか。武家の娘の家に面識無い者がずかずかと遊びに行って良いものなのだろうか。少しは弁えようよ。遠慮しようよ。せめて、そこは仙蔵の家に行くかどうかにすべきだと思うのだけど。

「いや、私は初日に仕事があるからさ」
「そうか。なら、仕方が無いな。伊作はどうする?」
「僕も良いや」
「暇なんだろう?」
「暇と言われれば確かに暇なんだけど」
「なら行こう!」

 食べ終えた盆を手に小平太は伊作の首に腕を回す。とても強引だ。仙蔵は駄目だ駄目だと怒鳴り散らしているけれど、五人が集れば仙蔵も押し黙るしかなくなるもので、私は秋休みの計画を徹底的に練らなければならなくなってしまった。それもこれも仙蔵が悪いんだ。気を好くして文次郎か長次に私の家に行くのだとか言ったに違いない。おばちゃんの美味しいご飯な筈なのに、何時の間にか美味しいのかそうでないのか味が分からなくなってしまっていた。