い髪と寝顔

どうの仕様も無い姿に可愛いと思ってしまうのは何故だろうか

 朝、目が覚めた時、私は声を失った。二寸も無い距離にあったものを殴り付け、飛び退いては衝立を倒し踏み抜いた。踏み抜いた瞬間、尻餅を着いてしまい、私に殴られたものが呻きながらのそりと起き上がる。私は悪くない。決して、悪くない。自己防衛だ。条件反射というもの。未だに、先に目に入ってきたものの所為で私の鼓動が早鳴りを止めない。

「痛てえ」
「あ、当たり前だ! お前、何、私の目の前――ね、寝顔、見てやがった! 驚くだろう!」

 そう、今日一番に私の視界に入ってきたのは、留三郎の顔。それも、目を開けて私を見詰めていた、弛みに弛んだ留三郎のにやけ顔だ。伊作は何処に行った。留三郎の保護者だろう。どうして目を離した。どうして、私を起こしてくれなかった。

「あ、栢丸、起きた――の前に、これは何。何が遭ったの」
「伊作、良いところへ戻ってきてくれた! 留三郎が悪いんだ!」
「おい、栢丸、お前、自分で衝立踏み抜いておいてそりゃ――」
「留三郎。用具委員会は修補の何だっけ」
「……任せておけ」

 そうだ。悪いのは留三郎だ。私は悪くない。絶対に悪くなんかない。





 自室に戻る途中、長次に出くわした。「昨夜は何処に居た」と言うものだから、視線を逸らして「長次には関係無い」と答える。長次の低い声は普段と変わりない。卒業迄この状態が続くのだろうか。私は私を守れるのだろうか。長次は私に背を向けて小さく呟いた。その言葉に、私は俯きがちだった顔を上げて、長次の背を見詰める。

「長次」
「……謝りはしたが、俺は諦めてはいない。唯」
「……唯?」
「友でありたいと思った。だから、お前が抱かれたいと思うように努めようと思う。それだけだ」

 友で居てくれるという事なのだろうか。けれども、その後に続く言葉は友に言う言葉では無い気がする。私は長次の胸内が気になったけれど、長次に掛ける言葉が見付からなかった。遠退いて行く長次の背を見詰め、その背が見えなくなると、私はようやくと足を前へ進める事が出来た。





 自室に滑り込むと、仙蔵はまだ眠っていた。小さな寝息が私の耳に届く。私の布団はきちんと畳まれていて、壁に寄せられていた。長次が片付けてくれたのか。
 衝立越しに仙蔵の寝顔を見下ろす。長く真っ直ぐな髪が布団に流れる様を見て、私は思わず感嘆の息を漏らしてしまう。黒く艶やかな髪は川の様で、白い布団に色好く映えるのだ。衝立をそっと片して、私は枕元に屈んでは仙蔵の髪に触れた。寝乱れるというのに、私の手に掴んだ仙蔵の髪はするりと流れる。優しく仙蔵の髪を耳の背に流し梳いてやる。精悍な顔立ちも、寝に入る顔はどこか可愛らしいもので、私は小さく笑ってしまった。そうだ。仙蔵に文を書かないと。

「もう少し、待ってね」

 壁に吊るしていた装束の上衣を手に、私は夜着を留めていた帯紐を解いた。