い花と文

不安にさせるのは彼女で、安心させてくれるのもまた彼女だ

 栢丸と長次の間で何があったのかは知らない。だが、栢丸が厠へと室を出た後、長次は確かに口にした。「俺が悪いだけだ」と。長次の謝罪すら耳に入れない気なのだろうか。栢丸らしくもない。早く仲直りしろと、長次へ向けた視線に意味を込めてやる。栢丸は直ぐに手が出る奴だが、根は良い奴だ。忍耐強い方では無いにしても、面と向かって話し合えば耳を傾ける。小平太とは違うのだから、一言、「済まなかった」と謝れば、大抵の事は許して貰えるだろう。
 だが、俺の背で泣いたあいつを思うと、何やら不穏に思えて仕方が無かった。この間も俺の背で涙していたのだから。あの時は、男に口吸われた――恐らく、久々知だろう――と言っていたが、まさか今回も。それも、長次であるとか。いや、そんな筈は無いな。長次は女が好きなのだ。女に見えるとしても女ではない栢丸が長次に何かをされたとは思えない。もっと別の事だろう。
 ようやくと腰を上げた長次の背を見送り、俺は静かになった室で一人、目蓋を閉ざした。

「みつね、お前は今、何をしている」

 みつねからの返事は未だ来ていない。避けられているのだろうか。今日の委員会でも兵太夫は始終、得意げな顔を俺に見せてきた。何と腹の立つ。まあ良い。俺はみつねの弟ではない。弟想いなみつねの事だから、兵太夫を優先させるだろうとは心のどこかで思っていた事だ。何れ、兵太夫よりも俺を優先したくなるようになるだろう。と、強がってみても、俺はやはり、悔しくて。そして、本当に避けられてしまっているのではと、胸の痛みに眉を顰めてしまう。

「こんな想いは初めてだ」

 あの柔らかい身体を抱き寄せたい。ころころと笑い、目を細めて嬉しそうな顔をするみつね。くノたま達がよく、初恋は実らないと口にするが、俺はそうは思わない。
 俺は、何をする事も出来ない胸の痛みに耐えながら、夜の闇に意識を放した。





 目覚めると、栢丸が忍び装束に身を通し、文机に向かっていた。衝立は何処へ消えたのだろうかと頭を起こすと、既に端に置かれ仕舞われていた。振り返りもせず、唯、「おはよう」と言葉を寄越す栢丸は、昨夜に比べ面持ち穏やかに見えた。仲直り、出来たのだろうか。朝食の時間になる前に、俺も着替えを済まそうとゆっくり上体を起こした。

「なあ、仙蔵」
「何だ」
「仙蔵は何の色を好む?」

 文だろうか。折り畳む栢丸の手を見遣りながら、俺は「涼しげな色が良い」と答えた。





 授業を終え室に戻ると、俺の文机の上に文が一通。そしてその文の上に白い百日紅が一枝置かれていた。先に戻っていた栢丸が「さっき、文届いたって。その花と一緒にな。みつねって娘からじゃないか? 良かったな」と微笑で俺の肩を軽く叩いてきた。文の表には何も書かれていない。裏を返し見ても、名すら書かれていなかった。はらりと手に開けて見入ると、誰とは書かれていないが、文の文面から俺は誰からの文なのか、分かった。思わず、安堵の息を漏らしてしまう。

「良かったな、仙蔵」
「ああ……」