の顔

次は許しません

 私は今、とっても困惑していた。文次郎のあんな優しい顔、初めて見た。まるで、みつねを見る仙蔵の様で、少し――ううん、かなり胸が早鳴っている。男の女を見る目というものは、こんなにも熱いものなのだろうか。多分、私も栢丸で居る時、ユキに対してこんな目をしていたのかもしれない。そう思うと、とても――辛く思った。仙蔵や文次郎は本当の男なのだから、良い。でも、私は女。何て罪深いんだろう。
 兵太夫と過ごす時間があっという間に感じられて、気付けば夕陽が沈み掛けていた。もうそろそろ戻らないと。――というところで、またもや私の胸に槌を打ち付ける兵太夫。一寸、待って。何処でそんな顔を覚えたの、兵太夫。私の目の前で、私を見上げてくる兵太夫の顔が、何処かの作法委員長の様な妖艶な笑みを浮かべてる。お父様、お母様、私達の兵太夫が日に日に曲がった方向へ逞しく育っています。大川学園に身を置かせるべきではなかったのではないのでしょうか。あんなに純真で可愛かった兵太夫が、こんな――。

「姉上、また文を書くからね。次の時も此処で良い?」
「え、ええ」

 何時からこんな、男の顔をするようになったのだろう。可愛い私の兵太夫が知らない子になった様で、少し寂しく感じられた。背もほんの少しだけれど、伸びたみたい。男の子だから何時かは私を越えてしまうのだろうけれど、弟を可愛がってしまう莫迦な私としては、やはりまだ小さなままでいて欲しいもので。そんな私の心など知らない兵太夫は、私の心を裏切っていく。

「姉上」
「どうしたの、兵太夫」
「もう少し屈んで」
「こう? ――っ!?」
「えっへへ~。じゃあね、姉上!」

 屈んだ私の腕に手を添えて、兵太夫は私の唇に軽く触れてきた。それも自分の唇で。何をどう言えば良いのかも分からなかった。どう反応すれば良いのかも。遠去かる兵太夫の可愛らしい声が私の耳に残る。けれど、何言えば良いのだろう。そう、あの時と同じ――ユキに触れた時と同じ、罪悪感が私の胸内に広がる。私は、本当に、なんて、なんて罪深いのだろう。友人や後輩だけでない、家族――それも弟をもこんな。いいえ、もしかしたら兵太夫は唯の挨拶だと思ってしたのかもしれない。それはそれで叱らないといけないのだけど。嗚呼、もう、次に兵太夫と会う時、どうすれば良いのだろう。姉上、一寸、元気が出ません。兵太夫に癒された筈の元気が兵太夫に因って損なわれたみたい。

「……文で叱らないとっ」

 私は兵太夫が去った方角の空を見上げて、決意した。姉上を軽んじる事は許されないんだからね、兵太夫。