「みつね……か」
三日間に渡る個人実習も終わり、後は大川学園に戻るだけだった。町を通り、同級の友――栢丸と仙蔵にでも何か土産を買って行くかと寄った茶屋に、あいつが居た。俺が五年生の秋に出会った、生意気で意外にも強かで――だが、怒った顔が何とも、その好みの反応で――ともかく、俺が柄にも無く好いてしまった女。その女がまさか、仙蔵の思い人である、あの笹山みつねだったなんて。俺は思わず顔を伏せてしまった。俺の恋も、実りそうには無いな。本気を出した仙蔵に勝てるかどうか。まあ、勝てないとは思わないのだが。
「何っ!?」
隣に居た筈だというのに、何時の間にか年老いた姿に――ではない。ご老人と摩り替わっていた。笹山の姿も無い。席を移したのか。店内を見渡せば、奥の長椅子に仲良く並び座る二人を見付けた。
それも、何て、何て、何て、姿だ。姉弟というよりも、俺の目には年離れた恋仲に見える。幾ら何でも仲が良過ぎるだろう。笹山の手に持つ竹楊枝で切られた一口程度の大きさの羊羹に、あの女――みつねが笑顔で食い付く。それも何という顔してやがんだ、あいつは。男にする顔をしてるんじゃねえ。
俺は立ち上がると、笹山姉弟の座る席へ向かった。
「みつね!」
「……何か」
思わず名を呼んでしまったが、俺を見上げてくるみつねは先とは違い、とても冷めていた。まさか、弟が好きなのか。仙蔵の話では、恥じらいを乗せた笑みを見せると聞くのに、俺には何て冷たい眼を向けてくるんだ。みつねを見付けた時に響いた心地好い胸の痛みが、今の冷めた眼を受けた途端、苦無でも刺し込められたかのような痛みに変わる。隣で得意げな笑みを見せる笹山が腹立つな。
「あ、いや」
「兵太夫との貴重な時間なんです。用が無いのなら話し掛けないでください」
「――というわけですので、潮江先輩。ぼくと姉上の邪魔しないでくださいね」
仙蔵が急くわけだ。弟である笹山の見せる男の顔に、俺は言葉を失った。だが、何もせずに去るのも癪だ。俺は店の一人に声を掛け、持ち帰り用の団子を頼むと、みつねを見下ろした。くそう。何て可愛い顔をして心太を啜ってやがる。
「よく町に来るのか」
「はい?」
「休みの日はよく町に来るのかと聞いている」
「……何でそんな事を」
「来るのか、来ないのか!」
「き、来ます! もう、何でわた――わたくしが怒られなければならないの!」
何で俺はこんな女を好いてしまったのだろうか。初めて出会った時は然程気にもならなかったものの、紐屋へ連れて行く道中も腹立だしいものだったというのに、紐屋へ連れて行った後、そう、別れた後、何故か名残惜しくて、俺の頭からなかなか離れなかった。授業の無い休みの日は何度と、町へ出向いた。ようやくと出会えたというのに、俺はお前に――みつねに会えて嬉しいというのに、みつねは以前と変わらずだ。まあ、そこが俺は好きなのだが。
店の者が用意した土産を手にすると、俺は睨み見上げてくるみつねに思わず苦笑を零した。みつねの肩に流れる髪の一房を手にし、俺は少し屈んではその髪を引く。
「またな」
するりと俺の手から離れる髪の感触が名残惜しい。俺はみつねの前髪を掻き揚げる様に撫で、茶屋を出た。掻き撫でた時の頬を朱に染めたみつねを思い出し、一人小さく笑った。