包みには女物の着物と化粧道具、それから巾着や帯など、必要最低限の道具を詰め込んだ。思わず鼻歌を歌ってしまって、仙蔵から不機嫌そうに「やけに楽しげだな」と声を掛けられた。そう。最近の仙蔵はとっても不機嫌極まりない。私が見付からないからなのか、それとも何か嫌な事があったのか、とっても苛々している。あまり関わりたくないので、何が遭ったとは聞かなかったけれど、仙蔵の様子を近くで見る事が多い私が察するには、何かを待っているみたいだった。まだかまだかと行儀悪く文机に肘を置いて、顎を乗せ仏頂面をする仙蔵。あーあ、折角の姿勢良しの背や眉目良しの顔が台無しになっている。そんな仙蔵の背後を通り過ぎ、私は軽やかな足取りで室を出た。今日は兵太夫と町で遊ぶ日なのだ。最近、どたばたしていて心休まる日が無かった私にとって、今日と言う日はとっても大切な日なのだ。喜ばずしてどうする。空を見上げれば良い天気で、暑さ残る日ではあるけど、風が私の喉や胸元に届いた。
「栢丸」
「な、何だ」
背後から私の袴を掴む仙蔵が顔を出す。男物と云えど結構お気に入りの袴なのだからそう強く握らないで欲しい。放せと足で揺らすと、仙蔵の手が離れた。
「団子買って来い」
「ああ。時間があればな」
仙蔵には、私は駄賃稼ぎに出ると言ってある。それもあまり口に出来ない仕事の。「俺も行く」と言われないような仕事を選んだのは正解だったけれど、仙蔵が留三郎あたりに口を滑らせないかが心配だ。といっても学園の外を出たら早々に栢丸ではなくみつねに戻るから職場を覗いても私は居ないのだけれど。仙蔵の顔が引っ込んだ事を確認して私は門へと急いだ。
小袖に身を通し軽く化粧を施す。久々にみつねに戻ると落ち着くもので、私は先迄着ていた男物を包みに纏めると町へ続く道へ出た。普段行き慣れた顔見知りのお店に荷物を預かって貰って、私は「松風屋」へと向かう。
「兵太夫」
「あ、姉上!」
「待たせてしまったかしら?」
「ううん、ぼくも今着いたところだよ」
茶屋の長椅子に腰掛け冷茶を手に見上げてくる兵太夫。学園内で見掛ける兵太夫とはまた違って、とても可愛らしい。姉の欲目を抜きにしても、兵太夫は清々しい幼い笑顔で年頃の男の子にしてはとても可愛い顔立ちだ。
「姉上、お隣、どうぞ」
「ええ。ありがとう」
店員から兵太夫と同じ冷茶を受け取ると、私と兵太夫は品書きに見入って水羊羹と心太を頼んだ。
「やっと。やっと、姉上に会えた……」
「兵太夫……」
兵太夫の小さな腕が私の腕ごと抱き締め、身を摺り寄せてくる。私の肩元に額を埋めてぎゅっと抱き着いてくる兵太夫がとても愛おしくて、私は空いている手で兵太夫の頭を撫でた。本当にもう、可愛らしい弟なのだから。こんなにも姉上っ子では、お嫁さんを貰うのが大変そうね。少しばかり恥ずかしそうに、でも嬉しそうな笑みを見せる兵太夫に私は擽ったい気持ちを忍ばせた。
「お前は」
「え?」
何処かで聞いた事のある声が私の頭上から降ってきた。見上げれば、菅傘の縁に手を当て、くいっと上げては見下ろしてくる男。
「も、も!」
「桃? あ、潮江先輩」
「笹山か。何だ、お前、笹山と知り合いなのか?」
思わず「文次郎」と名を叫び出してしまいそうになった。何で、文次郎が此処に居るの。心の臓が大きく脈打ってる。そう言えば、先日、文次郎は単独実習で外に出ると言っていた気がする。その帰りなのだろうか。顎で留めていた菅傘の紐を解き私の隣に座す文次郎の顔は少し疲れて見えた。まあ、普段から隈を目元に乗せているから、大した疲れではなさそうに見えるけれど。何の気も無く「暑いな」と呟きながら手で風を首元に扇ぐ文次郎は、男らしい。
私は今、みつねであって、栢丸ではない。けれど、文次郎は先に私に声を掛けて来た。栢丸が女装している――詰まりは、乙女――と思って声を掛けてきたのだろうか。いや、でも、みつねと乙女とでは結構、化粧とか髪型とかに工夫を入れて区別しているのだけれど。私は文次郎から顔を背けるように、兵太夫の方へ少し身体を傾けた。
知られたくない。お願いだから気付かないで。というよりも、何でさっさと大川学園に戻らないの。文次郎の、阿呆。