詮女心

男と偽り続けても女心は消せない

 何故、私は乙女の姿をしているのだろう。そして、何故、私は留三郎の腹の上に乗ってるのだろう。ああ、そうだ。思い出した。私は背後から留三郎に抱き着かれたのだった。条件反射で投げ飛ばしてしまって、床に転がった留三郎に跨って胸倉を掴み、拳を掲げてしまった。恍惚とした表情の留三郎に苛立ちを隠せない。胸倉を掴む私の手に両の手を添えて、「乙女、可愛いなあ」などとほざくのだから。
 そうだ。そもそも、伊作が悪いんだ。私と仙蔵が、図体の大きい「おかん」風のお文に仕立て上げたというのに、ついでだからと伊作が私を乙女に仕立てようとした。私が乙女になるならばと仙蔵も仙子になり、夕食に着く山田先生を驚かせてやれという事になった。驚かせるなら私や仙蔵は不要なのではと思うのだけど、何故か機嫌が悪い伊作に女装を勧められた。私を長屋に連れて来た時はとても優しかったのに、少し離れた間に何があったのだろう。身支度を整え、いざ食堂へと室を出た時に、私は留三郎の視界に入ってしまったようだった。
 そして、今に至る。

「俺の乙女っ」
「……一度、三途の川を渡らせないと駄目かな、これは」
「乙女、言葉遣いを気になさって」
「仙子さん、ご忠告ありがとうございます」

 うふふ、おほほと綺麗な顔をした仙子に笑みを向け、仙子の微笑を受け取る。留三郎の目が怖いのだけど。「乙女、積極的だな」だなんて口にし出して、私は何故馬乗りなんてしてしまったのだろうとかなり後悔した。手を出される前に、私は留三郎の顎を取り、一つ。

「留三郎さん、歯を食い縛ってくださる?」
「ああ、こうか」
「ええ、では――」

 並びの良い歯列を見せた留三郎に、私は拳を見舞った。一発では足りないと感じたので、おまけに一発足してあげた。痛い筈なのに少し嬉しそうな留三郎が恐ろしく感じる。早々に立ち上がって、私は仙子とお文の手を取ってその場を離れた。留三郎が伸びている今の内に夕食を済ませ女装を解かなければ。でなければ、留三郎にまた引っ付かれてしまう。

「僕が先を歩こうか。この中では唯一の男だしね」
「不運が何を粋がってる」
「お文、言葉遣いがよろしくありませんわ」

 仙子がお文――文次郎を嗜める。けれど、文次郎は直そうとしない。演技は山田先生の手前だけで良いとでも思っているのだろう。少し面白くない。折角、「おかん」風に仕上げたというのに、その設定に乗ってくれなかった。
 歯の奥でくつくつ笑う伊作に手を取られ、私は食堂へ向かう。正直、あまり乙女の姿で学園内を歩きたくはなかった。兵助やタカ丸に見られでもしたらと思うと、胸内に不安が広がっていく。

「栢丸――じゃなくて、乙女さん」
「あ、はい、伊作さん、何か?」
「僕の後に居て」

 ふわりと伊作の前髪が私の前髪に掛かる。あまりの顔の近さに思わず身を引いてしまった。小さく笑った伊作の手が私の前髪を掻き梳き、優しく頭を撫でられる。い、伊作、これは女の子にするものでは。いや、私はもともとは女の子だし、そもそも、今は確かに女の姿だから合ってはいるのだけど。普段と比べて何処か男の顔をする伊作に、私の胸は思わず跳ね上がってしまった。未だにどきどきする。一寸、不覚。

「今日の乙女さんは可愛いね」
「い、伊作さん、早く食堂へ、参りましょう」

 先迄、不機嫌だったのに。私が何かしたのだろうか。私で遊んで、少し――というよりも、かなり機嫌が良くなったように見える。機嫌が良くなってくれたのは良い事だけど、私は乙女の姿で遊ばれる事が苦手だ。頼む、仙子、助けてくれ。そう思って、仙子に視線を配るも、仙子はにやにやと私と伊作を見ては、「お似合いね」とお文に並ぶ。お文はどうでも良いらしく、「早く前へ進め」と促すばかりだ。

「良いね、僕の後に居るんだよ」
「……はい」

 渋々と頷くと、私の額に柔らかいものが落ちてきた。額に貼り付いたと思いきや、小さく音が鳴る。視線を上げれば、先よりも近いところに伊作の顔があって、何をされたのか理解するのに時間が掛かってしまった。頭を撫で、頬に触れてくる伊作の手が優しい。けれど、何をされたのか一つ一つ思い返して、私は顔が熱くなるのを感じた。

「な゛」
「さあ、行こうか」

 引かれる手と伊作の背を交互に睨む。楽しいと言わんばかりの仙子の笑みを背後で感じる私は、伊作のその手を自分に引き寄せた。振り返る伊作をひと睨みし、私はその伊作の手に噛み付く。

「痛っ」
「ふんっ」

 伊作に遊ばれるなんて思ってもみなかった。恥ずかしくて、何となく苛立ったから噛み付いた。伊作なんて無視だ、無視。私は伊作を越して先へと足を向けた。
 伊作のばか。