友に感謝を

友の存在にありがとう

 あの時、伊作が近くに居なければ、私は兵助に男として抱かれてしまっていたのかもしれない。伊作に感謝しないと。委員会活動があるからと途中で別れたけど、長屋まで送ってくれたのは伊作だ。伊作に縋りたかった。ううん、違う。誰かに、縋りたかった。誰でも良かった。唯、私を栢丸として、友として見てくれる人に縋りたかった。
 だから、私は自室に戻った途端、手招く仙蔵の背に縋った。少し、久し振りの背中。また一段と大きくなった仙蔵の背は広く感じて、何故か落ち着いた。仙蔵の曲に。みつね、みつねと口にしなければ、良き友だ。本当に。

「落ち着いてきたか」
「ああ。ありがとうな、仙蔵」

 仙蔵の腹に回していた腕を解くと、私は目元の雫を手首の腹で拭った。暑い。顎の下や脇、腹、背に汗が流れるのを感じる。じっと耐えてくれた仙蔵も暑いとは口にしないけど、手拭いを手に首や胸を拭っている。私も汗を拭わないと。特に胸元が気持ち悪い。晒布を巻いているので、余計に胸寄せた谷間に汗が集まるのだから。私も手拭いで拭おう。ゆっくりと立ち上がると、廊下から足音が聞こえてきた。この足音は忍びの者ではないな。小松田さんかな。戸へと歩いて廊下を覗いてみる。

「あ、伏見君」
「やっぱり、小松田さんか」
「文が届いてるよ、はい」
「ありがとうございます」

 実家からの文だ。今回は結構分厚い。何時もの倍はあるんじゃないだろうか。実家からの文は何時も祖父から来る。祖父が伏見栢丸宛てに出してくれているのだ。

「見合いの相手からか?」
「いや、実家からだ。……二文?」

 表包みされている紙を開くと、中から文が二つ出てきた。通りで大きいわけだ。上にあった文を開き文字を見る。途端、私は自分の文机に駆け寄り座した。へ、兵太夫からの文だ。まだ幼い字で綴られる文に食い入ってしまう。伏見栢丸宛てではない。これはみつねに宛てた文。姉に会いたいと乞う、弟からの文だ。私は思わず頬を綻ばせてしまった。端から見る仙蔵から一声、「また百面相か」と鼻で笑われる。大好きな弟からの文だ。喜ばずには居られない。仙蔵の言葉を無視して、私はゆっくりと読んだ。
 あ、誤字ね、これは。まあまあ、後で教えてあげないと駄目ね。夏休み明けて直ぐに私を何度も何度も探した事。でも見付からなくて、でも会いたくて、実家経由で文を送る事にした事。友達の名前。からくりをどこに作ったか。私は元気にしているのだろうか。私は兵太夫に気付かれず接触したのか。沢山の事が書かれていた。殆どが私への質問。そして、会いたいと願う気持ちが込められていた。文の端を手に取ると、最後の行に逢瀬を誘うかの言の葉が書かれていた。姉に向かって恋慕う言葉など書き留めるなんて、兵太夫は少しおませさんね。

「本当に、仕様の無い子だな」

 口に出したくて、栢丸の声音を使って呟いた。胸がとっても締め付けられる。嬉しくて、愛おしくて、何度と読み返してしまった。

「栢丸、居るか?」
「どうした、文次郎」
「一寸な。栢丸、頼みがある」

 丁寧に文を巻き畳み、私は室に入って来た文次郎に向き直った。文から目を離せばふと思い出してしまう。暫くは兵助の事が頭から離れなさそうだ。文次郎はそんな私を気にする事なく、姿勢良く座し真っ直ぐと見詰めてくる。一寸、嫌な感じがした。文次郎が私を頼ってきたという事は、先日のあれの事ではないだろうかと。

「……俺に女装の手解きを頼む」

 やっぱり。仙蔵が背中を向けたまま吹いた。それは吹きたくなるけれど、我慢してあげるのが友じゃないかな、仙蔵。

「何でまた」
「この間、留三郎と女装で張り合ったんだが、山田先生に見付かってな」
「成程。補習か」
「……そうだ」

 図体も大きくなり男臭いというのに女装なんてものをしようとするからだ。文次郎の場合、三年生迄だった。四年生になった途端、女装とは呼べなくなってしまった。

「山田先生に揉まれてくれば良いじゃないか。むしろ、文次郎は私よりも山田先生から手解きを受けた方が良いと思うぞ」
「俺と栢丸、それぞれに赤塚屋の花団子で手を打ってやらんでもないが?」
「おい、仙蔵!」
「面白そうではないか。栢丸が化粧を。俺が衣装を施してやれば」
「……文次郎、矜持を捨てる覚悟があるのなら手伝ってやるよ」

 仙蔵は気紛れだ。暇であればある程に普段ならば是としない事を是としてしまうのだから。あの文次郎を町娘に仕立てるなど、誰が好んでやるというのだろう。否、今回は仙蔵が居たか。でも、みつね探しはどうしたのだろうか。もう諦めたのかな。

「頼む」
「分かった。赤塚屋の花団子を楽しみにする」

 渋々と俯き声を絞り出す文次郎。仙蔵は面白がっているが、私は少し哀れに思えてきた。人に術の手解きなどを頼む柄ではないのだから。山田先生に見付からなければこのような事にならなかっただろうに。だから無謀だと言ったのだ。いや、留三郎に言ったのだった。文次郎を手前には言ってないか。だが、私と仙蔵の手に掛かれば幾分かは見目も良くなるだろう。文次郎が自分でやらず、私を頼って来た事だけは良しだ。文次郎が己の手で女装すれば、伝子さんと並んでしまうのだから。いや、ある意味、伝子さんよりも悪いかもしれない。伝子さんは見目はどうあれ、仕草は女性そのものだ。文次郎は見目も悪ければ、仕草も雄々しい。
 私は行李から化粧道具を一式取り出すと、文次郎の顎に手を添え、上へ向かせた。目と目が合うと、文次郎の喉が鳴った。こう見ると、文次郎は良い顔をしている。隈さえなければ、本当に良い男の顔立ちだと思う。

「私がお前を女にしてやる」

 少し、面白くなってきた。口に弧を描くように笑んでやると、文次郎の喉がまた鳴った。ちょっと可愛らしいな。

「お、お前な、それは女に言う言葉だぞ!」
「文次郎は女にして欲しいのだろう? なら、私に全てを委ねるのだな」
「誤解を招く良い方は止めろ!」
「くっくっ、はははっ」
「仙蔵、てめえ!」

 私はそうだ、仙蔵の悪友だ。兵助との事を忘れさせてくれる今の時がとても好きだ。つい先日迄、疎ましいと思っていたが、今は感謝したい。ありがとう、仙蔵。もしや、仙蔵は分かっていて私に文次郎遊びを誘ったのだろうか。私は口吸う手前の体勢で文次郎に迫った。おろおろする様は見ていて本当に楽しい。そうだ、文次郎にも感謝しよう。私を楽しませてくれて、ありがとう。