自分で言うのも何だけど、私は女殺しだ。何人の女の子をこの手――というか、顔で陥落させてきた事か、数知れない。男気を装い爽やかに笑んでやれば喜声が飛び交う。仙蔵程ではないけれど、私は私で女の子の的になっていた。
私も男の子であれば良かったなあと何度か思った事もあった。特に、くノたまの色の実習時。男子生徒の唇を奪えだの、接吻してもらうように仕向けろだのと、私もくノたまから誘いを何度と受けてきた。その度に思うのだ。ごめんね、と。
「お願いします!」
「悪いな。君の望み通りには出来ない」
「……そうですか」
私以外の男に頼みに行けば良いのに、女の子の殆どが私を狙ってくる。くノたまの二年生の実習が今、行われているのだろう。毎年恒例となっているのだから、くノたまの子が何をと話さなくても分かってしまった。「すまないな」とだけ言うと泣きそうな顔をして去って行く。
私が本当に男の子であれば、可愛いなと思った子には接吻の一つや二つしてあげていたかもしれない。何せ、私の周りに居る男共の会話から一途な話はあまり耳にしないのだから。殆どの男が、好きな子が居ても流されてしまえば他の子としてしまうかもしれないと答えるのだから。中には本当に一途な男も居る。伊作とか、文次郎とか。前者は長次を指す。長次、小平太。ああ、そうだ。留三郎は乙女以外は受け付けないと言っていたから後者かな。全然、嬉しくないけど。仙蔵は――どうなのだろう。以前の仙蔵であれば常に受け身姿勢だったから、誰でも受け入れていたかもしれない。でも、今は。今は、みつね以外、考えられないのだろうか。気になるようであまり知りたくもない気がする。とっても複雑だ。
この五年間と少し、私は誰にも唇を奪われていない。と、思う。仙蔵の鬱血事件があるから、知らないところで奪われているかもしれないけれど、私が知る限りでは誰一人、私の唇に触れた者は居ない。低学年の頃は本当に怖ろしかった。常に仙蔵の背に隠れていた。年上のくノたまが私の唇欲しさに夜這いまでしてきたものだから。それでも未遂に終わった。殆ど、仙蔵を盾にして生きてきた。ある意味、受け身の仙蔵を作り出したのは私なのかもしれない。仙蔵、ごめん。そしてありがとう。でも、今はあまり感謝したくない。
「あの、栢丸先輩」
耳に残る可愛らしい声。私はこの子がお気に入り。振り返ればくノたまの二年生であるユキが塀の上に居た。ぱっちりとした目に少しばかり悪戯っ子そうな笑みをする、可愛らしい女の子。他の子に比べて健気で私をとても慕ってくれている子だ。いや、皆健気に私を慕ってくれている。ユキが他の子と違うのは、私に恋慕していないという事だ。
「どうした、ユキ。宿題か?」
「今日はそんなんじゃありませんよー」
塀の上に座っていたユキが、私のところへ軽やかに駆けつけて来る。無邪気な笑顔を振りまいて私を見上げてくるその顔が本当に可愛い。断言出来る。私が男であれば、絶対にユキの事が好きになるだろう。頭を撫でてあげたい。女の私がそんな気を起こしてしまうくらい、ユキは可愛い。
「さっきの子から聞いちゃいました?」
「いや。実習だというのは分かったが、何を聞く前に私が断ってしまったから」
「じゃあ、私のお願いなら聞いてくれます?」
「ものによるかな」
妹が居ればこんな感じなのかな。ふと、ユキの真っ直ぐな目を見て思ってしまう。
「今日の実習、実は忍たまに接吻して貰う事なんです」
「ふうん」
本当は知っている。毎年されそうになって逃げ回っている身だから。でも私は知らない振りをする。女の子の事運びはとても繊細だから、傷付けないようにしないと。特に、ユキは傷付けたくない。
「で、私にそれを望むのか?」
「はい」
「……真っ直ぐだなあ」
頬くらいなら良いかな。私はユキの前髪をくしゃっと掻き撫でて、その可愛らしい柔らかい頬に軽く唇を落した。途端、ユキの顔が朱に染まる。ああ、可愛い。
「あ、あの、栢丸先輩」
「うん?」
「口に! してください」
「……ユキ、それは――」
「お願いします! 私、最初に口付けする人、栢丸先輩以外に考えられなくてっ」
今なら分かる。ユキは私の事が好きだ。好きだったんだ。でも、何故か他の女の子とは違う視線を私に向けてくる。何が違うのだろう。何かが違うと分かるのに、その何かが分からない。
「……駄目だ」
「何故ですか」
「ユキ」
私の腕にユキの手が掴みに掛かる。痛い、けど痛くない。女の子の力はとても弱い。私の力に比べて、とても弱いものに感じた。
「私、後悔しませんから。栢丸先輩が私を大切に見てくれているの、知ってますから」
「ユキ、何を――」
「お願いっ」
私の胸に、ユキの額が押し当てられる。晒布の下に皮当てを潜ませているとはいえ、あまりにも身を寄せられてしまえば私が女であると知られてしまう。離れるようにユキの細い腕を掴むが、ユキは一向に離れようとしなかった。
私はまた人の心を揺さ振って、曲がった道に誘おうとしていたのだろうか。いや、もう既にしているのかもしれない。
「……本当に、後悔しない?」
「はい」
「約束、出来る?」
「出来ます」
「……これ以上の事は出来ないからね」
「は――」
ユキの面を優しく上げると、私はユキの唇に触れた。既に曲がった道に連れ込んでしまっているのなら、ユキが後悔しないと言うのなら、私はユキの為に責任を取ろうと口付た。初めての口付けが女の子だなんて複雑な気持ちになるけれど、遠い昔に私は覚悟していた筈だった。男として大川学園に身を置く以上、女の子からの攻めに受け身を取らなければならない日が何れ来ると。ごめんね、ユキ。せめて、私が女である事を知らないままで居て欲しい。
ユキの柔らかい唇に触れて、私は男である今を自覚した。長次が以前口にしていた、女を骨抜きにする口吸いというものを思い出しながら、私はユキに優しく触れた。私は酷い先輩だなあ。