仙蔵に言おうか言うまいか迷っていた。何もくノたまと限らないのではないかと。忍たまの姿に扮しても可笑しくはないと、俺は思っていた。仙蔵の想うその女を一目見てみたいと思うからこそ、俺も仙蔵に協力する事にした。だが、仙蔵は以前よりも頭が弱くなってしまったような気がする。それも、女に関する時だけ。みつねという娘は凄い。あの仙蔵を惚れ落してしまったのだから。どのような娘なのだろうか。話を聞くだけでは想像の着かない人格に、俺は人相について詳しく書かれた書物をよく漁るようになった。
書物に書かれている事から想像するに、とても頭の良い女子で一筋縄では落とせないだろう。仙蔵の目は肥えているから、美人で体躯も其れなりに好しというのは信じても良さそうだ。性格は――これを思った時、俺はある一人の人物に行き当たった。
「私は席を外す。少し、酔った」
「まだ話は終わってないぞ」
「長次に任せた」
栢丸だ。栢丸に当て嵌まるのだ。端的に言えば、栢丸が男装して仙蔵の目を誤魔化している。栢丸であれば容姿に申し分無し。頭も良い。違うと言えるものが見当たらないのだ。
だが、栢丸は男だ。それは俺も十分に分かっている。何故なら、女を買いに共に町へ降りた事があるからだ。女を抱いている様までは見れなかったが、共に買いに行くくらいなのだから女である筈が無い。
「難しいものだな、仙蔵」
俺は酒を口にすると、仙蔵の器に静かに酒を注いでやった。
「ああ、難しい。どうすればみつねを手にする事が出来るのだろうな」
出会って以来、俺はみつねでしか抜けなくなっていた。女を買う気すら起きない。みつねが欲しい、みつねを抱きたい。そればかり胸に想う。仄かに香る花の匂い。肩を抱き腕の中に収めた時の高揚感。着物越しに伝わる柔らかい体躯。微笑む淡い唇に吸い付き、泣かせてみたいとさえ思う。
「みつね」
何度囁いても俺の目の前に現れない。
「仙蔵、ふと思ったんだが」
「何だ、長次」
「以前、お前が付き合った女の中には居なかったのか?」
思えば、俺は大川学園のくノたま上級生の殆どと床を共にした事がある。手を付けていない者は下級生くらいだろう。
「寝た女に心当たりは無いのか?」
「それは無い、断言出来る。……そういうものではないのだ」
そうだ。みつねはそこらの女とは全く違う。触れた瞬間に分かる。みつねの反応や声の調子、指先の動きや流れる仕草一つ一つ、くノたまの女とは全く違うものだ。
「付き合った事の無いくノたまが居るなら、そのくノたまを探してみてはどうだ」
「付き合った事の無いくノたまが誰なのかが分からない」
もはや、誰と寝たのかすらも分からない。だが、長次のお蔭で一歩進む事が出来たような気がした。
「長次、礼を言う」
団扇をはたはたと扇ぎ、僕は夜空を見上げた。月明かりが少しばかり眩しく感じる。煌々と照る星々が夜空を飾り、とても綺麗だ。一つ口に含み、胃に落ちる熱さが美味しい。
「伊作。隣、座るぞ」
「栢丸……ああ、良いよ」
「仙蔵と長次には付き合いきれん」
笹山みつねという娘の話か。僕としては嬉しい話だ。栢丸と同室の仙蔵の事だから、何時、栢丸に手を出すのかと心配だった。でも、仙蔵は栢丸ではない他の女の子に惚れ込んでしまったようだ。一人、邪魔者が消えた事がとても嬉しい。だが、栢丸はそうでもないみたいだ。女だと知られる危険は変わり無いにしても、その後の襲われるという心配は無くなっただろう。だというのに、栢丸は休み明けてからというもの、苦労している様に思える。
「大変そうだな」
「全くだ。何故、私が毎夜、仙蔵の戯言を耳にしてやらねばならんのだろう」
「戯言って、一応、相談なんだろう?」
「頭の弱くなった仙蔵の言葉は戯言に過ぎないよ」
まあ、確かに。仙蔵がみつねという娘の事について話す内容には、普段の思慮深さが欠けている。僕も留三郎の戯言を毎晩聞いている身なので、栢丸の気持ちは良く分かった。でも、何だか腑に落ちない。仙蔵に想い人が出来たから、栢丸が嫉妬しているように見えてしまうからかもしれない。
栢丸は誰が好きなのだろう。
「伊作は好いている女、居るか?」
「まあ、一応」
「私はさ、好いた女は大切にしてやりたいと思うんだ」
普通はそうだよ。だけど、僕は口にはしない。唯、栢丸の続く言葉を待っている。栢丸は女の子だ。男の女に対する想いの違いに戸惑っているのかもしれない。男はどうしても身体も一緒に反応してしまうから。僕だってそうだ。今、許されるなら、栢丸の肩を抱いて、僕の腕の中に引き寄せたい。僕の胸に栢丸を押し付けて、肌の隅々まで触れたいと想うのだから。
「仙蔵はみつねを束縛したいのだろうな」
「栢丸?」
「不憫だ」
何処と無く青褪めているように見える。口にする言葉はどれもみつねという娘に対する憐れみ。だけど、本当は――栢丸は仙蔵の事が好きなのでは、と僕は焦りを覚えた。
「僕にも好きな子が居るんだ」
直ぐ隣に居る栢丸。三寸も無い、近いところに居る、君が好き。触れられる距離に居るのに、触れられない。歯痒い気持ちに蓋をしてばかりで、僕は何一つ栢丸に想いをぶつける事が出来ないでいたけど、今日くらいは良いよね。
「多分、一年生の頃から好きで……気付いたら、好きで、好きで堪らなくなっていて」
「ふうん」
「六年生になった今でも、片想いしている。想いを伝えたら、拒絶されてしまいそうで、怖くてね」
ゆっくりと、僕は上体を横にした。頬に栢丸の太腿が当たる。やっぱり、男のものに比べてとても柔らかい。
「……良いな、そういうの」
「え」
撥ね退けられてしまうかもと不安な気持ちで一杯だった。だが、栢丸は僕の髪に指を入れて、撫でてくれる。優しく梳き、髪が頬や額に落ちれば軽く掻き上げて梳いてくれる。思わず栢丸の手を掴んでしまいそうになった。駄目だ、我慢しろ。留三郎や斉藤のようにはなりたくない。
「実を言うと、私は恋をした事が無いんだ。今もな」
栢丸の言葉に、胸が高鳴った。「あ、これ、皆に秘密だからな」と口を一文字にして言う栢丸がとても可愛くて、僕は栢丸の腰回りに抱き着いてしまった。凄く、嬉しい。まだ誰の者にもなっていない。僕にも機会があるんじゃないかって、そう言われたような気がした。
「伊作!?」
「あ、ごめん。その――起き上がろうとして、失敗してしまった」
「そ、そうか。大丈夫か?」
「うん、ありがとう」
嘘吐いてごめん。でも、栢丸に触れたくて、どうしようも無かったんだ。栢丸は嫌かもしれないけれど、男は皆、好きな子に触れたいものなんだよ。触れて、どんな反応してくれるのか、とても気になるんだ。笑顔だって見たい。でも、自分の手で触れて、気持ち好くさせてあげたいのも事実で、可愛らしく喘ぐ姿を見たいというのも本当の事で。時に、身体が我慢ならなくて、滅茶苦茶にして泣かせてみたいとさえ思うものなんだ。僕もそう。僕が触れる事で、栢丸がどんな風に乱れるのか、栢丸の好く顔とか見たいと思う。
でも、栢丸はそんな僕に残酷な事を言う。
「伊作は大切にしそうだな」
夜な夜な栢丸を想っては抜いているという僕に。目蓋を閉じて、栢丸が泣き喘ぐ姿を思い浮かべているというのに。犯して、僕のものにしてしまいたいと思っている、この僕に、栢丸は綺麗な笑顔を見せてくれる。
「ああ。大切にしたいと、想っているよ」
栢丸、君をね。