の威厳

女が好きで男に興味は無いのだと振る舞いたいというのに

「栢丸、回覧だ」
「回覧?」
「タカ丸、お前は知らなくて良い。済まないな、長次。そこの――仙蔵の文机のところに置いておいてくれ」

 長次の腕に抱えられた書物の束を見て、私は背を向けた。反応しては駄目。私は今、とても忙しい。そう、忙しいのだ。長次のお勧め話は聞いていられない。タカ丸もお願いだから、私に引っ付いていて良いから反応しないで。

「あれ、これ二冊目から……春本じゃない?」
「斉藤も読むか?」
「え、良いの?」
「俺のお勧めは――」
「――っだー! もうっ! 長次、タカ丸まで巻き込まないでくれ! 頼むから! これとこれ、は組に回すもの、はい!」

 以前、強制的に貸された春本を引っ掴み、私は長次の腕の中に押し込め室の外へと追いやった。長次は見掛けに因らず、かなりの女好き。春本の読破数は学年最高なのではと思う程に、何処から仕入れてくるのか分からない新しい春本を私達に貸し出すのが日課。週に一度はある酒盛りの時には通な話から驚くような――私は引いてしまったけど――話をする。女を取り替えるような酷い話は全く耳に入って来ないが、長次に掛かれば女は長次以外の者は考えられないと言い出す程だと、噂はよく耳にする。
 そんな長次にお勧めの春本は何かと聞こうものなら夜になってしまう。何をどうすれば女は喜ぶだとか、女は何を求めるだとか、そんな話に発展し兼ねない。それは酒盛りの時だけで十分。陽の上がっている内から聞きたい話では無い。むしろ、聞きたくない。六年ろ組は何たってこんなにも女の話とか好きなのだろうか。酒をちびちびと飲む中で私はいつも長次と小平太の盛り上がる話の輪の中には入って行けない。むしろ、文次郎と伊作と並んで肴を啄んでいる方が楽しく思う。

「今夜、斉藤も――」
「長次! お前、良いからさっさとは組の長屋に行け! タカ丸には私から言っておくから!」
「分かった」

 長次の背が見えなくなるまで見送り、私は汗ばむ顎を腕で拭う。今夜は定例である酒盛りの日。長次はタカ丸を誘おうとしたのだろうけれど、それは私が阻止する。絶対に教えない。誘わない。これ以上、厄介事を増やしたくない。
 春本を開き見入るタカ丸の背後に立つと、私は中を覗き見た。これの何処が良いのだろう。いや、男の子は春本で体位や雰囲気を学ぶのだ。良いには良いのだろうけれど。私が居るというのに気にもせず春本を開き見入るタカ丸が理解出来ない。君、さっき私に「俺の前では女の子に戻って欲しいなあ」とか何とか言っていたような気がするけど、本当のところ私の事を女の子と思ってはいないんじゃないかな。

「ねえねえ、栢丸君」
「何」
「この体位、やってみたい」
「……は?」

 見開きを私の顔へ向け無垢な笑顔をするタカ丸に、私は拳を落した。何か、最近、怒鳴っては暴力ばかり振っている気がする。

「一人でやれば良い。私は見ていてやるから」
「これ、二人じゃないと出来ないよ」
「私は絶対にやらない」
「やってみようよ、気持ち良いよ、きっと」
「ぬ、脱がすな、莫迦!」

 書に戻ろうとした私は後襟を掴まれ、畳の上に転がされた。行き成り馬乗りになって私の袴の紐を掴んでくる。これ、合意の下じゃないから、強姦になる。駄目だ。もう、タカ丸と二人で居ない方が良い。絶対に危ない。白昼に何をし出すのこの男。唇を寄せてきたタカ丸から逃れようと顔を逸らすと、私の首にタカ丸が吸い付いてきた。痛い、痛い。本当に吸ってる。痛い。

「さ、斉藤!」
「タカ丸でしょ」
「タカ丸、止め――」

 固く締め直した筈の紐が解かれた瞬間、戸が勢い良く外れ室内に倒れてきた。

「てめえ……俺の乙女に何しやがってんだ!」

 留子姿の留三郎が着崩れている事も気にせず豪快に入って来た。乙女発言には物申したいところだが、心から留三郎に感謝してしまう。助かった。留子、ありがとう。タカ丸の胸倉を掴み室の外へ投げ飛ばす留三郎が恰好良く見えた。留子の姿してるけど。化粧が汗に塗れてとんでもない事になっているが、それでも恰好良く思えた。

「助かった……」
「大丈夫かい、栢丸」

 とても痛々しい音が聴こえてくる中、何時もなら止めに入るだろう伊作は私の背を起こして袴の紐を結び直してくれた。私の顎に指を添えて、伊作の視線を受ける事一寸ばかり。

「伊作?」

 くいっと右上を向かされた私は、伊作の言葉を待った。次第に、伊作の柳眉がとても険しくなる。伊作の視線は私の首筋に注がれたままで、私はそんな伊作の手から逃れる事が出来ないでいる。手を振り払えば良いだけなのに、手を振り払うには相当の勇気が必要に思えた。だって、何だか怖い。先程から伊作が目元に殺気を帯びてるから。

「留三郎!」

 伊作の声が少し張り詰めている。「程々にしなよ」と言うのかと思いきや、「止め刺しても良いからね」という伊作から予想も着かなかった言葉が放たれた。

「栢丸、斉藤を見掛けたら僕のところに来るように。良いね」
「伊作のところに、何故?」
「さっきみたいな事になりたいの?」

 伊作の言葉に私は大きく首を横に振った。「だろう」と優しく頭を撫でてくる伊作に、私は安堵の息を吐く。殺気を帯びていた伊作の目が普段の穏やかなものになったから。
 それにしても情けない。本当に自分が情けなく感じる。今は男だから。男が――いや、タカ丸は私を女と認識していただろうけど――男に襲われそうになって、男に助けてもらっただなんて。文次郎の耳にでも入れば「莫迦垂れ! それでもお前は男か!」と怒られそうだ。

「乙女、大丈夫か?」
「その乙女っていうの――いや、今回だけは目を瞑ろう。ありがとう、留三郎。助かった」
「何処も汚されてないか!?」

 留三郎に捕まれた両の肩が痛い。汗に塗れて化粧崩れした顔で迫らないで欲しい。今は留子なんだけど、君。凄く遠くから見れば、きっと女に押し倒される男の図になるのだろうけれど、それはそれで情けない気がする。って、そうじゃなくて、何で押し倒されてるの、私。

「お、おい、何――」
「俺の乙女――痛っ」
「黙ろうか、留三郎」

 伊作の拳が留三郎の頭上に入る。私の代わりに殴ってくれてありがとう、伊作。私は思わず目に涙しそうになった。何でこんなにも私の周りには変な人しかいないのだろう。伊作だけがとてもまともに見える。私の親友はもはや伊作だけだ。そう心の中で確信した。
 あ、いや、いけない、いけない。文次郎もまともだった。忘れてた。