んだ手は

待っているから

 僕は栢丸が女の子だって事を知っている。でも、彼女は僕が知っているという事を知らない。
 一年生の頃に違和感を覚えて、二年生の頃に女の子だと知った。ずっと、何で女の子が忍たまの中に居るのか、悩んでいた。三年生の頃に痺れを切らして学園長先生に直接訊いた。何故、女の子が居るんですか、と。
 以来、僕は彼女が気になって仕方が無かった。何故、誰も女の子だと気付かないのだろう。何故、彼女は男の顔が出来るのだろう。何故、僕は他の友人に打ち明けずに、学園長先生の言葉通りに彼女を見守っているのだろう。彼女の事を考えれば考える程、「何故」が僕を支配する。
 僕は「何故」の答えを、本当は知っていた。唯、僕だけが知っているという優越感。僕だけが見付けた、男の面を被る隙間に見せる彼女の本当の顔。そう、僕だけが彼女を助ける事が出来る。僕の視線が彼女に釘付けられる理由。僕は彼女――栢丸が好きなんだ。

「乙女だけなんだろ! 離せ!」

 栢丸の声だ。声を荒げるなんて、珍しい。でも、「乙女だけなんだろ」とか「離せ」とか、とっても嫌な予感がする。まさか、留三郎に自分は女だって言ったんじゃないだろうな。
 留三郎が乙女を演じる栢丸に恋しているのは知っていた。嫌だなとか思いながらも、あえて口挿む事はしなかったけど、何時だったか、留三郎の方から打ち明けてきた。留三郎はあくまで乙女が好きなだけで、栢丸を好いているわけじゃなかったから、とっても複雑だったけど、まあ、良いかとも思った。だが、栢丸の言葉に、僕は一番に怖れていた事が起こっているのではと、焦ってしまう。
 一番に怖れる事。それは留三郎が栢丸が女であると知った時だ。常日頃、乙女が本当の女であれば良いのに――詰まりは、栢丸が本当の女であれば良いのにと口にしているからだ。だから、栢丸の言葉に僕は、女であると知った留三郎が栢丸を襲っているんじゃないかと、そう思ってしまった。
 それにしては、女とも男とも取れる声で、相も変わらず勇ましく男前な口回し。栢丸は素面でもこんな感じなのかな。気配を殺して室の中を窺おうと、僕は両の手に持っていた手拭いの束を床に置き、戸に背を這わせた。

「私は女が好きな男だ! 次、抱き着いて来たら始末するからな!」
「唯の友の抱擁だろ!」
「そうか……そんなに乙女の姿で――留三郎とは無理です。ごめんなさい――と言われたいのか」
「たっ、頼む、それだけは! って、乙女の声で言うなよ!」
「だったら想うだけにしろ! 私を巻き込むな!」

 安堵と苛立ちと、吹き出してしまいそうになる程の友で遊んでやろうという意地悪な気持ちが混ざりに混ざる。留三郎に打ち明けたわけじゃなかったんだ。良かった。でも、留三郎。栢丸を抱き締めたという事は幾らなんでもやり過ぎだ。僕の胸が少し痛んだから、後で反省させてやろう。栢丸に怒られている留三郎に、僕は「ざまあ見ろ」と小さく口にし、何気無い顔で室に入った。

「何してるの」
「伊作、頼む。この情けない留三郎を一喝してやってくれ。私を男色の道へ誘う気なんだ」
「違う! おい、俺は乙女が――」
「あーはいはい、留三郎が悪いよ。留三郎、栢丸の腕を離そう。先ずはそれからだ」

 卒業まで僕が見守っていてあげる。でも、卒業したその後に栢丸の――君の本当の名前を教えて欲しい。それまでは僕が君をこの悪い虫から守ってあげるから。
 栢丸の腕を掴む留三郎の手に爪を立て力の限り捻る。「痛てえっ」と叫び、留三郎は栢丸の手を放した。僕は思わず、離れた栢丸の手を握り寄せ、僕の背に彼女を隠した。僕だって嫉妬くらいはするんだ。勿論、留三郎や栢丸に気付かれないようにね。

「図に乗るなよ、留三郎」

 にこやかに低く、留三郎だけに言ってやる。お前には勿体無いよって。
 掴んだ栢丸の手はひんやりとしていて、僕の手と胸内に心地好さをくれた。