まれた腕は

ごめんね

 最初は小平太のように――女であれば誰でも良いか――な感覚で抜いているものだと思っていた。後輩に優しく誠実な友だと思っていたのに、留三郎が乙女を想像して抜いているだなんてあまり信じたくなかった。仙蔵と小平太に向けた怒りが収まらないまま留三郎に当たってしまったけど、留三郎の言葉に思わず固まってしまった。

「俺には、乙女しか居ないんだよ……」

 情けない声。苦しそうな表情。畳の上を見詰めてるけど、心の目というものは乙女を見詰めているのだろう。みつね、みつねと煩い莫迦仙蔵を思い出してしまった。留三郎がまさか私の女装姿に恋しているだなんて思いたくないけど、否定の言葉を期待して訊いてみる。

「まさか、乙女に見惚れて慕ってる――だなんて言わないよな」
「……悪いか」

 そうかそうか、好きなのか。唯単に女を抱く時の想像というものを手当たりで――まあ乙女でいいか――くらいの気持ちなんだよね。良かった。小平太と同じだね。まだ留三郎と友達として仲良く出来そうだ。って、違う。今さっき、留三郎は私の言葉に否定しなかった。乙女が、好き、なの、か。
 悪いかと言われたけど、悪いよ。ものすごく悪い。留三郎の様子から私が女だと気付かれてはいないみたいだけど、もし、気付かれたらとんでもない事になる。大川学園を卒業出来なくなる。それだけは何としてでも避けなきゃ。男装して、騙して、女装して、また騙して、私は留三郎の恋心というものを踏み躙っている。だからこそ、女ですだなんて口が裂けても言えないし、反対に顔は乙女のままで身体は栢丸のままで良いだなんて言われでもしたら、とっても困る。
 乙女の姿をした栢丸が好きだと言われるよりは良かったけど、乙女の中身は私だ。栢丸として乙女を演じているに過ぎない。一体、乙女のどこを好きになったというのだろう。不毛な留三郎の恋路の果てが怖い。乙女が駄目ならいっその事、栢丸で良いだなんて言い出し兼ねない。
 聞かなかった事にしてしまいたい。でも、留三郎の恋路を曲がりくねったものにしてしまったのは私の責任なので、否定する事も肯定する事も出来ないのなら、せめて留三郎には今のその恋心というものを大切にしてもらって、これ以上、曲がった道を歩んで行かないように釘を打ち込んでおいた方が良いかもしれない。

「わ、分かった。慕う事には目を瞑ってやる」
「ほ、本当か!?」

 なんて顔を見せてくるの、留三郎。留三郎の想い人が乙女でなければ、私はきっと留三郎を良き友として応援していた。爽やかな顔で期待を込めた視線を送って来ないで欲しい。私は留三郎が眩し過ぎて、どれだけ彼に申し訳ない事をしているのか、改めて思い知らされた。

「私の女装――乙女に慕う事はな。……本当に乙女だけだよな?」
「おお、お、乙女、だけだ!」
「なら、良い。乙女だけならな」

 私の心は罪悪感で一杯。でも、釘は刺しておかないと。男として留三郎を受け止める訳にもいかないし、私が実は女であるとも言えない。仙蔵の事だけでも手一杯なのに、何で留三郎までこんな事になってしまったのだろう。
 いっその事、女だと言ってしまえば楽になるかな。いやいやいや、そんな事したら大川学園に居られなくなるし、それだけじゃない。仙蔵と留三郎に追っ駆け回されてしまうかもしれない。若しくは、幻滅するかもしれない。友として五年間を共にした栢丸は実は女で皆を騙していたという図になるのだから。怒るどころか嫌われてしまうのは確かだ。それだけは、嫌だな。やっぱり、女だと知られてはいけない。卒業した後は皆、離れ離れになるのだから、それまでは皆にとって良い友達で居たい。

「ありがとうな!」

 留三郎の言葉が私の胸に突き刺さる。腕を掴まれ、留三郎の胸板に顔面を押し付けられてしまった。いや、これは女だと気付かれてしまう、は、離して、ちょっと痛い、痛い、痛い、苦しい。

「乙女だけなんだろ! 離せ!」

 何だか無償に腹が立ってきた。好きになるのは勝手だけど、今の私は栢丸で男だ。さっきも乙女にだけなら構わないと言った。でも、今の留三郎は明らかに、私を乙女に重ねて見てる。本当に、分かってるのかな、留三郎は。私は留三郎の顎を力一杯押し上げながら、身を護る為に距離を取った。
 駄目だ、さっきから熱入り視線で私を見てくる。背筋がぞっとするし、苛々ばかりする。これはもう、大きな釘を刺すしかない。

「私は女が好きな男だ! 次、抱き着いて来たら始末するからな!」
「唯の友の抱擁だろ!」
「そうか……そんなに乙女の姿で――留三郎とは無理です。ごめんなさい――と言われたいのか」
「たっ、頼む、それだけは! って、乙女の声で言うなよ!」
「だったら想うだけにしろ! 私を巻き込むな!」

 私が悪いのは分かっている。私が知らないところで留三郎を誑かしていたという事だから。でも、やっぱり苛々する。申し訳無いと思ってるから、せめて乙女を想うその留三郎の気持ちだけは大切にしてあげようと、無難に纏めた。けど、留三郎を見ていると腹の底が沸々してくるのだ。もしかしたら、私の心は本当に男に――栢丸になってしまっているのかもしれない。男装しているからだろうか。みつねで居る時はそうでもないのに。
 女の子が好きな男が、男に好きだと言われたら困るだろう。それと同じなんだ。だから、分かってよ留三郎。私は今、男なんだ。掴まれたままの腕が熱い。留三郎は夏の暑さに負けない、熱い想いを持っている。私はその留三郎の想いを、せめて傷を付けないように、布で包んで心の押入れに仕舞おうとしていた。