燥の鼓の音

俺の女は乙女だけだ

 俺は栢丸が好きだ。栢丸が女であれば迷わずにこの胸の内を伝えていただろう。だが、栢丸は男だ。その事だけが俺の胸内を迷わせる。栢丸は男であるのに、ふとした表情が女性に見え、俺の視線を奪う。ぷっくりした唇とか長い睫とか色白い肌とか細い項とか、俺の理性を奪うには十分で、思わず栢丸が男なのだという事を忘れてしまいそうになるんだ。この想いを同室の伊作に泣く泣く相談したところ、引かれた。そりゃそうだ。同室の男が男を好きだなんて言い出せば、男に興味の無い伊作は慌てるどころか心配するだろうな。自分を。いや、俺が好きなのは伊作じゃなくて栢丸だ。
 栢丸が女装すると、益々俺は栢丸を女として見てしまう。抜く時は常に栢丸の女装姿――乙女を想像して、抱いて、泣かせて鳴かせて――いただいている。俺の頭の中だけの女。俺だけの女。あー、抱きたい。腕掴んで俺の胸の中に閉じ込めて口吸いてえ。栢丸が女であれば良いのに。本当は女なんだとか言い出さないか、俺は毎日、栢丸の姿を見付けては願っている。断じて、俺は男が好きなんかじゃないんだ。現に、俺の夜のおかずは乙女だ。そうだ。俺は男が好きなんじゃない。あ、これ、あとで伊作に言おう。俺は乙女が好きなんだ。そうだ。これで引かれる事は多分無いと思う。「妄想ばかりしてないで現実見なよ」とか言われるだろうけどな。

「入るぞ」
「ああ」

 仏頂面の栢丸が俺の室に入って来た。そのままの顔で身体が女であれば、俺は押し倒していただろう。乙女と云えど、元は栢丸だ。今の栢丸に薄らと化粧を施せば乙女が出来上がる。ついつい栢丸の胸元を確認するが、やはり今日も真っ平だ。五年の実習時に栢丸の胸元を軽く叩いた事があったが、細身のくせになかなか固い胸板だった。あの時は泣きそうになったな、正直。やっぱり男か、って。栢丸さえ良ければ男の身体でも俺は抱けるかもしれない。頭ん中で女に変換すれば。いやいやいや、それは最終手段だ。俺の中ではまだ男のままの栢丸を抱く事は許せてねえ。乙女だけなんだ。俺が抱きたいのは。女の栢丸だ。

「……不愉快だな」
「な、何がだよ」
「二つ訊きたい事がある。正直に答えろよ」

 俺を睨み見下ろしてくる栢丸もなかなか良いなとか思っていると、目の前で胡坐をかき冷めた目で俺を見詰めてきた。今日は何時も以上になかなかの男前だな。俺よりもある意味、男前に見える。俺は気拙くも戸惑い押し黙る栢丸の方が好きだ。ああ、あと、余裕な笑みを見せる栢丸も好きだ。仙蔵と違って、女の色気に似たものがあるからな。

「先ず一つ目だ。明日、何故、女装しなければならないんだ。こんな暑苦しい時期に女装するのは無謀じゃないか?」
「あーなんつーかなあ。文次郎の奴と喧嘩してたらそうなってしまったんだ。で、委員会の皆で女装する事になってしまって、町に出て団子食って男だと気付かれなければ勝ちというやつでさ」
「……文次郎も女装するのか!? 何て……何て、無謀な奴なんだ」

 栢丸は文次郎の女装だけは許せないらしい。俺の時は「へえ。やりように因っては留子は化けるな」と栢丸なりの褒め言葉を貰った。だが、文次郎の時は「隈を消して出直して来い! 隈がある内は女装なんぞするな!」と怒鳴っていた。仙蔵の時は隈があっても何も言わないところを見ると、栢丸は文次郎の女装は女装ではなく、ただの変質者に見えるらしい。俺もそう思う。
 歩く凶器とか伝子さん二代目とか呟く栢丸に、俺も然りと頷いてしまう。

「で、二つ目。留三郎、お前――」
「おう」
「私の女装姿を夜のおかずにしてるって、本当か……?」
「お゛」

 げ、怖え。怖え、怖え、その顔、本気で怖え。どこから漏れたんだ、伊作か。いや、伊作は下手に言うような奴じゃない。なら、小平太か、仙蔵――仙蔵だな。あいつ、栢丸には絶対に言うなって言ったのに、約束破りやがって。って、殺気がすげえ怖えんですけど。

「わ、悪いかよ」
「悪いだろう! 町行って女を買って来いよ!」

 仏頂面の理由はもしやこれだったんじゃねえだろうか。俺が恋慕っているのは後にも先にも乙女だけだ。そんな俺の想いを知らない栢丸は右手に目元を埋めて深い溜め息を吐いている。するっとその手が下がり口元を隠すと、栢丸の眉が頼り無く下がっているのが見えた。お、可愛い。やばい、抱き締めて頭を撫でくりまわしてえ。俺が見惚れていると、行き成り睨まれた。

「お、お前だって、仙子をおかずにしてるだろ」
「私は必要あらば町に行って女を買ってる。仙子を抱くなんて、誰が想像出来るというんだ」
「……お前、よく仙子に慰めろだの頭撫でろだの言ってるじゃねえか」
「戯れって言葉知ってるか? 仙子に言ってるんじゃない。仙蔵に言ってるんだ、私は。よく考えてみろ。文次郎が夜な夜な留子を餌に抜いてると知ったら、お前はどう思う!」
「うえ゛」
「だろう!」

 滅多に女の話をしないあの栢丸が、進んで話し出してきた事には驚いたが、俺の心にぐさぐさと苦無が刺し込まれる。あー、やっぱり栢丸でも女を買って抜いてるんだ。男に抱かれていないだけ益しなのかもしれないが、立派な一男子として夜の生活をしているのだと思うと、俺は少し情けなくなった。俺だって女を抱きたい。だが、乙女が良いんだ。以前、栢丸の言うように町で女を買い、乙女と思って抱いてはみたが、俺には無理だった。目、唇、鼻先、顎の線、微笑む時の口角、どれも見えるものは乙女でなければすっきりしなかった。遣った後に残ったのは乙女への罪悪感と、乙女を抱きたいという欲求だけ。俺にはやはり乙女でないと駄目なのだ。
 文次郎の事については深く考えない事にする。考えるだけで吐き気がする。

「俺には、乙女しか居ないんだよ……」
「まさか、乙女に見惚れて慕ってる――だなんて言わないよな」
「……悪いか」

 伊作とはまた違った引き反応だ。伊作に打ち明けた時は、目を点にして口角を無理矢理上げていた。栢丸は瞬き一つせず、まるで物にでもなったかのように身動き一つしない。あーくそっ。言わずにいようと思っていたのに、つい言ってしまった。これで栢丸が俺を避けるようにでもなれば、俺はもしかしたら栢丸に襲い掛かってしまうかもしれない。栢丸が俺を避けるという事は、乙女に避けられるようなものだ。頼むから避けるような事にはならないでくれ。

「わ、分かった。慕う事には目を瞑ってやる」
「ほ、本当か!?」
「私の女装――乙女に慕う事はな。……本当に乙女だけだよな?」
「おお、お、乙女、だけだ!」
「なら、良い。乙女だけならな」

 栢丸の言葉の後に続くものを、俺は悟った。栢丸は本当に良い奴だ。心が広い。俺は目の前の栢丸をまたもや乙女に重ね見て、栢丸の腕を掴み引き寄せ強く抱き締めた。

「ありがとうな!」
「乙女だけなんだろ! 離せ!」