残映エキセントリシティ

「聞いてもいい?」
 何故、どうして、一体何を思って彼なのか――、と。
 いや、そもそも『彼』と称していいのかすら不明だった。便宜上そう呼んでいるだけに過ぎない。
「ねえ……別に貴女の気持ちを否定するつもりはないの」
 腰まで伸びた金糸の如き髪によく似合う、凛とした碧眼が透き通ったままで名前を貫く。
 大事な仲間の一人が激白した事実を、セリスは長い時間掛けてようやく理解した。それでも、なお先行しようとする疑問を必死で押し殺し、沢山あった言葉の候補を選りすぐる。
「だけど……どうして、名前の『気になる人』って言うのが」
「……何も言わないで。分かってる、私にも分かってるの」
 実年齢にはそぐわない落ち着きを払い、静かに問い掛けるセリスの語尾に被せながら、名前は首を横に振って頭を抱えた。
「どうしてだか分からないの。分からないって、分かってるの」
 いっそ謎解きにも似た回答を呟く彼女の傍ら。偶然通りかかったエドガーが、あまりの不明瞭な言葉に首を傾げて近寄り――セリスの一睨みによって、あっさりと退散して行く。
 だが、そんな哀れな国王がいたことは、懊悩を抱える名前には知る由もない。
 今は近寄らない方がいいらしい――と触れ回った、エドガーの気遣いのお陰か、二人の周囲から完全に人気が消えて。結果、そこに存在することを許されたのは、ナルシェの炭鉱深くに住まうモーグリ族のモグだけだった。
「クポー?」
 器用に丸椅子の上で膝を抱えて座っていた名前は足を下ろし、地面で愛らしく小首を傾げるモグに手を差し出す。
「何考えてるかも分からない。分からないからこそ……」
「気になってしまうのね」
 語尾に向かうにつれて、段々と萎んでいく声音を掬い上げたセリスは、胸元に抱き締めたモグの頭上に顎を乗せる名前を見た。
 分からないからこそ、惹かれてしまう。惹かれているからこそ、分からない。
 その揺れる心境こそが『恋』であることは、同じ女性として大いに理解できる。
 だとしても。
「よりによって、どうしてゴゴなの……?」
 何故、名前の淡い恋心の矛先が謎多きゴゴなのか。
 例え人間の言語を理解できるモグの手前だとしても、セリスは問い掛けずにはいられなかった。





 切欠は数日前のこと。
 西空へ沈む夕陽が、随分と赤々と燃えていたのが印象的だった夕刻頃。
 遅くなるかもしれないと言い残して出掛けた数人の仲間たちを欠き、飛空艇ファルコン号の中は普段よりも静かだ。
 その上、この時間、夕食確保のために近くにあるサマサの村まで、リルムとストラゴスを始めとした数人が降りて。ファルコン号は殊更に静けさを増している。
「もう、すばしっこいわね……」
 留守番役を仰せ付かったうちの一人である名前は、退屈して仕方ないというガウと、少し前から鬼ごっこに興じていた。
 ルールは至って簡単。
 飛空艇内を限定としたフィールドで、逃げる相手にタッチした時点で交代だ。現在は人も少ないし、着地して運転は止まっているため、あまり危険はない。少しでも退屈凌ぎになればと始めて、名前はこれが三度目の鬼の番となった。
 一応世界を股に掛けて旅をしているのだから、体力の自信はある。
 しかし、子供の底無しの体力に勝るはずもなく、完全にガウの姿を見失った名前は辺りを見渡しながら歩いていた。
「ガウガウ! 名前、おいらこっちこっち!」
 ひょこ、と。突き当たりの丁字路型の廊下から、緑色の髪を揺らしたガウが顔を覗かせた。
 声に反応して名前が目を向けると、挑発するようにして手を振ってから無邪気な野生児は左へと駆けて行く。
「あっ、ガウ、逃がさないわよ!」
 残像一つ無い丁字路目掛けて、名前も動かす足を速める。
 危険は薄いとは言え、仮に人が来たことを考えて一旦速度を落としてから左に曲がれば、小さな緑の後ろ姿が目に入った。瞬間、大人げも無く全速力を出す。
 静けさを切り裂く、無遠慮な足音が三つ。
 時折両手を使い、動物のように四速歩行で走るガウの足音。それを追い掛けて走る、軽快な名前の足音。
 そしてもう一つ――三つ目の足音に気が付き、ふと後ろを振り返ると、純粋な赤がそこにあった。
「な、何?!」
 いつからそこにいたのか、いつから付いて来ていたのか。
 独特の服とアクセサリーに身を包んだ、あまり大きくはない男――何度も言うが、性別すらも不明である――が、ガウを追う名前の後を追っていた。
「お前の物真似をしている」
 彼の職業は『ものまね師』という、不可解極まりないものだ。
 名の通り、人の物真似をする職らしく、偶然出会った自分たちが世界を救う旅をしていると知り、それを真似ることにしたと言う。
「私の真似なんてしなくていいのに!」
 ガウを見失わないよう、時折後ろを振り返る名前のタイミングに合わせて、彼も後ろを振り返る。
「ほ、本当に、私の真似なんてしなくていいから!」
 動きを真似されていることに、妙な居た堪れなさを覚えて声を荒げる。
「ふむ……何故だ」
「何故って……ええと……」
 その名前に反して、ゴゴの声音は極めて冷静で。
 ふと真似てはいけない理由とは何か、と考えさせられ、今まで保っていた名前の速度が落ちていく。
 拒絶するほど嫌なわけでもなく、まして彼の場合はそれが職業だというのだから、それを否定してしまうのは些か大人気ない。
 何と説明すべきかと思案するにつれて漸減するスピードに気が付き、ガウはくるりと体の向きを変えて名前へと駆け寄った。
「ゴゴもおにごっこか? ガウや名前、捕まえようとしてるのか?」
 徐々に足の動きが緩まっていく彼女同様、隣に並んで速度を落としたゴゴを見上げ、円らな瞳を瞬かせて問い掛ける。
 目前に現れたガウの質問で思考を中断された名前は、視線を奇天烈な格好のものまね師へと移した。
「なるほど、鬼ごっこをしていたのか。……よし、改めて物真似し直すとしよう」
 単に名前の真似をしていただけだったゴゴは、それが鬼ごっこだったと知って。走ったせいか乱れた衣服を適度に直しながら、ふむ、と頷けば、ガウが嬉しそうに顔を華やがせる。
「ガウ、逃げるー!」
「じゃあ……私は鬼をやろうかな」
 二人の周囲を回り、無邪気に跳ねながら声を張った少年を優しく見遣って呟いた名前が。さて、これでゴゴとガウに逃げてもらおうと、息を吸い込んだ瞬間。
「――そうか、では俺も鬼だ」
 逃げて、と言うよりも先に、中性的なゴゴの声が返ってきた。
「名前、ゴゴ、二人ともおいら捕まえるのか? ガウ、負けない! 捕まらない!」
 理解に苦しむ名前の横。
 俄然とやる気になったガウが軽やかに駆け出して行った。
「あ、ちょっと待っ……」
 伸ばし掛けた腕だけが、走り去る彼を止めようとしていたことを示している。だが、引き止める暇すらも与えなかったガウは、既に遥か遠方に位置していて。こちらを一度振り返ったかと思うと、大きく手を振って死角へと消えた。
 ガウの消えた場所と、不可解な発言を放ったものまね師を何度も見比べ、最終的にゴゴを見た名前が困り顔で小首を傾げる。
「あのね、ゴゴ。鬼ごっこって言うのは、大抵鬼が一人なの。ほら、じゃないとガウがしんどいから」
「分かっている。分かっているが、ガウを追うお前を真似て、俺はお前を追う」
 懇切丁寧に鬼ごっこの解説をする名前と、然程身長の変わらないゴゴの視線が、不意に絡む。
 彼が首を横に振れば、頭部や服に着けられた装飾品が、ジャラリと音を立てた。
「うーん……それは、ちょっと私がしんどいかな」
「だが、俺は名前を真似る」
 そうなると、自分は追いつ追われつとなってしまうと察して、名前が些か苦みを乗せた眼差しで笑ってみせる。
「でもほら、それだと大変になるから」
 それでも、頑なに首を縦には振らず、どうしたのもかと困惑し始めた彼女に。体ごと向き直ったゴゴが、感情を読み取り難いだけに、真っ直ぐな瞳を向けた。
「お前の真似をしたい」
「な……、何で……?」
 名前が思わず言葉に詰まるほどの真摯さを湛えたゴゴは、つい、と一歩体を寄せる。
 重たそうな服を纏う腕を、僅かな衣擦れの音と共にゆったりと持ち上げる。その冷たい掌が、彼女の頬へ優しく添えられたのと同時。
「俺がお前のことを好きだからだ」
 何かを倣ったわけではない純然たる想いが、静かな語調で紡ぎ出された。
 ともすれば淡白な――それでいて、爆ぜる炎を押し殺したような声音が、いやに名前の心を撫で上げて。
「仕方ない、今日のところはお前の物真似を我慢してやろう」
 彼の想いに。何よりも、胸の内を煽られるような自身の感情に。
 戸惑って言葉を失う名前の頬を、顎へと掛けてなぞりながら、ゴゴは読めない双眸をすうっと細める。

「だが、お前にも俺の物真似をさせてやる。忘れるなよ」
 それはまるで、彼の言葉以上に不敵な微笑み。
 瞬間、見惚れてしまうほどに艶めいた面立ちを浮かべたゴゴは、もう一度だけ名前の頬を撫でた。
「それ……って……」
 焦れるようなくすぐったさが、己の顔から音も無く遠退き、ゴゴの後ろ姿も同様に離れていく。
 名前は呪縛を解かれたかに力が抜け、その場にへたり込んだ。
 早鐘のように鳴る鼓動の中で、名前は一人、ゴゴが置き去りにしていった言葉の意味を考えていた。





 瞼の裏へこびり付いた夕焼け色。
 その色よりも、鮮やかな色彩を放ち続けている彼。
 あの日の黄昏がやけに色濃く残っているのは、彼の纏う奇妙な服の色によく似ていたから。

 夕陽のように焼け付く想いが、彼の真似をした結果なのかは分からないけれど。
 きっと私は、落日を見る度、エキセントリックな貴方への気持ちを強くする。