今まで手に入れてきたものは数え切れないほど。初めて貴重品を手に入れた感動も、今ではもう薄れてしまった。それほどまでに多くをこの手に収めてきた。
そして今、次の獲物としてあるタカ族に目をつけている。
Who is Hunter ?
手に入れられないものはない。それがハンター、名前の口癖だった。
幼い頃からハンターとして育った名前の腕は確かなものだ。表社会の相手とは絶対に取引をしないのがハンターだ。裏社会に潜む、全うな方法で稼いだものではない大金を持つ人々。それが名前たち、ハンターの仕事相手である。それもそのはず、ハンターというのは違法物ばかりを手に入れ、それを欲しがる人々に高値で売る商売人たちだからだ。
基本はハンターたちが手に入れてきた物を、裏社会の人々が買い取るという形である。依頼を受け、頼まれた品物を手に入れることも稀にあるが、それは本当に稀である。ハンターたちが手に入れてくる物はすべて、支配と独占力に塗れた人々には魅力的なものばかりなのだ。そしてその人々にとって、ハンターから買い取った品物を所有しているということが何よりのステータスとなる。
そんなハンターの一人である名前が今狙っているのはタカ族の王であるティバーン。何か珍しい物が手に入れられる、そんな勘が働き入った傭兵団で名前はティバーンと出会った。タカ王、ティバーンの翼。雄々しい黒みを帯びた赤黄色の翼は、サギの民が持つ穢れなき純白の翼より価値があると、名前はそう踏んだ。そしてティバーンに面向って言ったのだ。
「あなたの翼をちょうだい」
「・・・まだそんなこと言ってんのか?」
王である身ゆえ軍に長く滞在できないティバーンは、時間を作っては幾度となくフェニキスと軍とを行き来していた。久しぶりに仕事も片付き、軍へ顔を出したティバーンは自分を鋭い目付きで睨めつける名前に向かい渋い表情を見せた。
「俺の翼はやらん。翼を失うということは鳥翼族にとって死活問題だと前にも言っただろ」
「そんなの私には関係ないわ。飛べなくなったところで私が困るわけじゃないもの」
飄々とした物言いにティバーンは深くため息をつく。
ベオクという生き物は、皆が皆名前みたいな奴なのだろうか。この軍を率いている将アイクも随分と変わったベオクであったが、名前ほどではないだろう。名前はティバーンの持つベオクの認識を見事に打ち砕いた。ティバーンの知っているベオクは、ラグズを嫌悪するかはたまた恐れを抱くかどちらかだった。しかし名前はといえばラグズである自分を嫌悪もしなければ恐れもしない。挙句の果てに初対面なのにも関わらず「翼をくれ」と言ってのけたベオクだった。ベオクの中にもこんな奴がいるのか、そう思った瞬間ティバーンの中にあったベオクへの偏見はなくなった。
「片翼なくなったくらいであなたがフェニキスの王座から失脚させられることもないわよ。安心して私に翼をよこしなさい」
言っている内容は厳しいものなのにも関わらず、その表情はとても穏やかだ。それが一層名前の内面を強調しているようにも思える。
「お前なぁ、自分の片腕がなくなったら不便だろ?それと同じなんだ、俺の翼は」
「確かに片腕なくなれば私は不便に感じるでしょうね。けど、なくなるのは私の片腕じゃなくてあなたの片腕、もとい片翼だもの。同調させて私の意志を殺ごうという手には乗らないわよ」
「凄まじい自己中心的な奴だな、お前は」
「テリウス大陸中ベオクもラグズも全員、自己中心的じゃない奴なんていないわよ」
腰に手を当て真面目に言う名前にティバーンは額を押さえた。
変わっているにもほどがあるな。翼ではなく羽根が欲しいというのならば幾らでもくれてやるのに。ティバーンはそう思い再びため息をついた。
「大人しく翼をくれないのなら、無理やり奪うわよ?」
手に愛剣を構えると、名前は相手をからかう様にくるくると振り回してみせる。喧嘩を売られて黙っているティバーンではない。その言葉に眉根を寄せると口の端を吊り上げた。
「・・・できるもんならやってみな」
言うや否やティバーンは名前の狙っている翼を大きく広げ、天高く舞い上がった。
「卑怯だわ。私が飛べないのを知っていて空に逃げるなんて」
恨めしそうに天に舞うティバーンを見つめ、名前は剣を収め腕を組んだ。
「卑怯も何もあるか。俺は自分の身を守っただけだぜ」
「自己防衛ね・・・。いいわ、精々逃げ惑いなさい。私はハンター、あなたをどこまででも追いかけて見せるわ」
不適な笑みを浮べると、名前は踵を返しその場を去って行く。その後姿を眺めるティバーンの表情は、久しぶりに自分を楽しませてくれそうな相手だと、とても穏やかだった。
飛系相手には弓だろう。名前はそう考え、軍内で弓を扱う女性騎士を見つけ弓矢を分けて貰った。しかしハンターとは言えその名の通り動物などを狩ったことのない名前は、初めて手にする弓矢に首を傾げていた。
「・・・確か、こんな風に構えて・・・・・・」
戦場にいる弓兵たちを思い出しながら、見よう見まねで弓を構え矢を添えた。弦を力いっぱい引くと弓の軋む音がする。あまり力を込めても弓を破壊してしまう可能性もある。
名前は力加減を程ほどにし、前に見える1本の木に的を絞った。矢から手を放した瞬間、空気を切り裂く音と共に木に矢が刺さる鈍い音が辺りに響いた。
「・・・すごいじゃない、私」
矢が刺さった衝撃で木から落ちる数枚の葉を眺め、名前は感嘆の声を上げる。初めて扱うにしては上等な腕前ではないか。そんな風に自画自賛していると、矢を放った木の上から何者かが名前の前へ降りてきた。
「おいッ!何てことすんだ!!折角寝てたのに起きちまったじゃねえか!!」
「あらヤナフ、あなたそんなとこで寝てたの?さすがタカ族ね」
名前は憤慨した様子のヤナフに向い軽い口調で話す。
「またお前か名前・・・」
「また、って何よ」
あからさまにため息をつき、呆れ顔を作るヤナフを睨みつける。名前とヤナフは何かと戦闘で一緒になることもあり、お互いを認める程度に仲が良かった。初めは名前のことをニンゲンと呼んでいたヤナフも、名前の人となりを知るうちにベオクと呼称を改めた。ラグズと同じように、ベオクの中にも良い奴と悪い奴がいるのだとわかったのだ。それに名前が相手のことをラグズ、ベオクという基準で判断しないところもヤナフを今のように変えたのかもしれない。
ヤナフは木に刺さった矢を見て眉根を寄せると、それを勢いよく引き抜いた。
「こんな物騒なもん、何に使うつもりだ?」
片手で矢を玩びながらヤナフは問う。
「勿論、タカ王の翼を頂戴しようと思ってね。空に逃げるから弓矢で射てやろうかと思って」
「おいおい。うちの王様を殺さないでくれよ?」
「殺す気はないわよ。大人しく翼をくれるならね」
「まだ狙ってたのか」
「当たり前よ」
ヤナフは名前の強気な目に肩を竦める。
「そんなにティバーン様の翼が欲しいのか?どっちかといえば白の王子、リュシオン様の方が俺は希少価値あると思うけど」
「希少価値が高いということは、それだけ知名度が低いってことにも繋がるわ。生き残りの少ないサギの民の翼を手に入れたところで、偽物ではないかと疑われるのがオチよ。それよりもタカ族の方が入手確立が高いことから、手に入れた翼が本物だと信じられるでしょう?その王ともなればもっと価値が出てくるわ」
生き生きと語る名前にヤナフは唸り声を上げる。
「ティバーン様の翼だって本物だと信じてもらえないんじゃないのか?」
「バカね、この世に生き残りがいるかわからないサギの民よりタカ王の翼の方が人々は信用するものなのよ。信じられる物、それを商売に使うのがハンターだからね」
「・・・よくわからねぇ」
ヤナフはそう言うと頭の後ろで腕を組んだ。
「そう易々わかられちゃ、この大陸中ハンターだらけになるわよ」
ふざけた様に笑みを見せる名前に、ヤナフの口元もつられて緩む。そしてふと尋ねた。
「なあ、ティバーン様じゃなくて俺の翼には興味ないわけ?」
突然の問いに名前は驚いたように目を見開いた。
「自分の翼がタカ王より価値高いと思ってるの?三下相手にしているほど、私は暇じゃないのよ」
「きっつい言い方だなぁ。もうちょっと優しく言えねえのかよ」
「言えないわね。あなたに優しくする必要なんて無いんですから」
そう言うと名前は再び弓を構え始める。
「けど、そうね。あなたが練習台として的になってくれるのならこの先ずっと優しくしてあげるんだけど」
弓筒から一本の矢を取り出し、すこぶる笑顔でヤナフに向い弦を引いた。
「おい・・・ちょ、まて!」
身の危険を感じたヤナフは急いで翼を広げ、飛び上がった。
「その調子よ。飛んでくれなきゃ練習にならないもの」
名前は笑顔を絶やさずにヤナフへと照準を合わす。
「飛行系にとっては弓は特効なんだよ!!・・・って、本気で射りやがったこいつ!!」
「大丈夫、特効薬くらい持ってるから」
「そういう問題じゃねえだろッ!!」
翼は獲られなくとも命を取られる。ヤナフは生まれて110年余り、初めて生命の危機というものがどんなものか身を持って知った。
ここへ来れば名前に翼が狙われる。そうとわかっていても、ティバーンは時間が許す限り軍へと足を運んだ。
なんだかんだいって自分は名前とのやり取りが好きなのだろうと自覚すると共に、ベオク嫌いだった以前を思い出し小さく笑みをこぼした。生粋のベオクである名前にひどく興味がわく。前の自分ならベオクであるというだけで嫌悪感を抱き、関わることを断固としてしなかったはずだ。
テリウス大陸は変わるかもしれない。ラグズとベオクの交流が深まり、共に手を取って歩き出す時はもう近いだろう。この軍は正にその先駆けとも言えた。ラグズとベオクが同じ場に会し、目的の為に共に戦う。こういった異なった種族交流の橋渡しという点では、デイン国王は良い仕事をしてくれた。共通の敵を持つということは、敵対している者たちをも一つにする大いなる力を持っている。こうして自分も名前という一風変わったベオクに出会えたのだから、戦争を起こした人物には相応しくない言葉だがデイン王には感謝すべきかもしれないとティバーンは思う。
「だぁっ!もういい加減俺を的にすんの止めろよな!!」
「いいじゃない、他にいい相手いないし」
「命あるもん的にすんなって言ってんだよ!」
リュシオンと話をしていたティバーンの耳にけたたましい二人の声が響く。
「あと少しで射抜けそうなの。だからもう暫くの辛抱よ」
「射抜かれたら死ぬっての!!」
「その時はその時よ、やってみないとわからないわ。さあ行くわよ!」
「しつこいんだよお前はぁー!」
騒がしさが次第に近付き、ティバーンの下にヤナフとヤナフを追いかける名前が現れた。
「・・・何やってんだ、お前ら」
ヤナフと名前の勢いにおののくリュシオンを横目にティバーンは問う。
「ティバーン様!ちょっとこいつどうにかしてくれませんか!?」
必死の形相でヤナフは名前を指差しながら言う。
「名前か・・・。お前も翼狙われてんのか?ヤナフ」
「違くて、俺の場合は」
「ほらさっさと飛びなさいよ。練習にならないじゃない」
ヤナフの言葉を遮りながら名前が弓矢を片手に走ってくる。
「射られるとわかってて誰が飛ぶか!」
「じゃあいい。そのまま狙うわ。その方が当たる可能性高まるからね」
鋭い眼光がヤナフを捕らえる。ヤナフは身をこわばらせ、とにかく矢の届かないところまで逃げなくてはと空高く飛び立った。
「そうそう、ちゃんと飛んでくれないと・・・」
器用に走りながら弓を構えると、名前から少しでも離れようと翼を力の限り動かすヤナフに矢を向けた。既に弓矢の扱いに慣れた名前は目を細めるとヤナフに向い矢を放った。ひゅん、という風を切る短い音がヤナフの耳を掠った。
「名前ッ!!お前今あたる寸前だったぞ!」
「当たってくれなきゃ困るのよ」
「だから死ぬっての!何度言わせるんだッ!」
「当たり所が悪かったら死ぬだけよ。がたがた言わない」
新たな矢を素早く手に取ると、一回転させ再び弓に添える。
「なんで俺がこんな目にッ」
遠ざかるヤナフの声に、ティバーンは大きく息をついた。
「名前をあのままにしておいて、大丈夫でしょうか・・・?本気でヤナフを狙っているようでしたが」
リュシオンは不安げな瞳をティバーンに向ける。ティバーンは幾ばくかの間、何かを考えるように二人の去った方向を見つめた後、重々しく口を開いた。
「・・・心配するな、リュシオン。俺がちゃんと止めてくる、お前は野営地に戻ってろ」
「わかりました」
安堵の表情を浮かべるリュシオンを置いたまま、ティバーンは険しい表情で名前の後を追う。
「ちくしょう、見失ったわ・・・」
ヤナフに森の中へ逃げ込まれ、名前は木々が視界を遮るうちに獲物を見失ってしまった。千里眼を持つヤナフには、名前の居場所は捉えられていることだろう。近付いては確実に距離を取られるはずだ。生憎名前にいたちごっこをする気はない。今日のところは諦めて日を改めヤナフを再び練習台にすることにしよう。
そう思い野営地への道に踵を返した刹那、名前の目の前に大きな体が立ちふさがる。気配を気取らせなかった相手に、身に染み込んだ条件反射で剣を取ろうとする。だがすぐに相手が誰だかわかり緊張を解いた。
「タカ王じゃない。どうしたの、こんなところまで。もしかしてヤナフが心配で追いかけてきた?それとも翼をくれる気になったとか」
肩の力を抜き、目の前の相手を見上げる。ティバーンは無表情のまま、名前を見下ろしていた。
「・・・何?」
無言のままのティバーンに名前は小首を傾げた。お前は俺を追いかけていたんじゃないのか?ティバーンはその言葉を喉元で押し留め、一度唇を硬く結ぶと言った。
「最近ヤナフと仲が良いようだな」
突然の言葉に咄嗟に意味を理解することができず、目を何度か瞬かせる。
「ヤナフ・・・?」
顎に手を沿えヤナフの名を口にする名前を見るだけで、ティバーンの中に言いようのない苛立ちが募る。
「ああ。俺の翼は諦めてあいつの翼を狙うことにしたのか?」
自分でも滅多に聞いたことのないような冷めた口調にティバーン自身驚く。なぜか先ほどから根拠のない苛立ちが消えないままだ。
「ヤナフの翼?ちょっと、冗談はよしてよ。私がヤナフの翼を狙う理由なんてないじゃない。私が狙っているのは後にも先にもあなたの翼だけよ」
口元に軽い笑みを浮かべながら言う名前に、ティバーンの表情が平生に戻る。
「ヤナフにはあなたを射取るための練習台になってもらってたの。最近あなた空に逃げるじゃない。だからそれをどうにかする術を身につけようと思ってね」
随分腕も上がってきたわよ。そう語る名前の瞳は溌溂とした輝きを帯びている。
「もうすぐあなたの翼を頂く時が来るわよ。覚悟しておいてね」
真っ直ぐにティバーンを見つめ、不適に笑む名前。そんな名前の姿に、ティバーンは自分の中に芽生えた感情の正体が何なのか理解した。
「・・・そうだな、精々追いかけてくるがいい。俺はそう簡単に捕らえられないぞ」
柔らかな表情を向け、ティバーンは名前の頭に手を置いた。
「簡単に捕まえられちゃつまらないもの。逃げるものを追うことが、ハンターという職の醍醐味よ。私はどこまででも追い続けるわ、例え空の果てだろうとね」
「面白い、お前に追われるのは俺の特権というわけだ。だがな・・・」
そう言うとティバーンは頭に置いていた手を名前のうなじまで下ろすと、力強く引き寄せ耳元に囁いた。
「俺もお前を追いかけるからな」
掠れた声が名前の耳をくすぐった次の瞬間、その吐息が首筋へと舞い降りてきた。濡れた唇が首筋を這い、緩やかに名前の肌を堪能するかのように動く。この行為に戸惑いを感じ、ティバーンの体を押してはみるが厚い胸板は名前の細腕では寸分も動かない。途中名前の口から甘い吐息が漏れると、その刹那首に僅かに刺すような痛みが与えられる。
「タカ、王・・・っ」
徐々に鎖骨付近まで降りてくる唇に、たまらず名前は声を上げた。その声にティバーンは這わせていた唇を離すと再び名前の耳元へと寄せた。
「ティバーンだ、名前」
熱い息が耳にかかり、名前の体が粟立つ。そんな名前の反応を楽しむようにティバーンは耳たぶを甘噛みした。
「ティバーンっ・・・お願い、止めて・・・」
逞しいティバーンの腕の中で身をよじる名前に、小さな笑みを漏らす。
「・・・これはお前が俺の獲物だという印だ」
辺りに散りばめられた紅い華より濃いものをティバーンは名前の首筋に残す。誰にもやらない。お前は俺を追いかけ、俺はお前を追いかける。
「狙った相手が悪かったな」
狩るか狩られるか
二人の狩りは始まったばかり