罪のないさよなら


 いつかの日。私はあの方にフラれた。お慕いしているとお伝えすること自体許されたものではなかったと、私も分かっていたはずなのに。それでも、この先、言わずに何年も胸の内側に秘めていられるか考えたら――あの方の隣には別の誰かが約束されているのだと知ったら、言わずには居られなかった。
 それが今、とても懐かしいと感じるのは、それだけの年月が私を癒してくれたという証拠で。私は酷く懐かしいあの方のお姿に、思わず微笑んだ。そして目元が熱く頬へと軌跡を作る。

「彼のお方は亡くなられた筈なのに……そのお姿は、とてもお懐かしいですね。嬉しいのに、切ないですわ」
「そうだったな。ここでは私は既に居ないのだったな……お前は変わりないな」
「ふふっ。カサンドラにお会いになられたのですね」
「ああ」

 元宮廷魔術師カサンドラは私の先輩であり、親しき友。あの方を支える為に私達は居た。数年前にカサンドラはしがらみ無く研究に勤しみたいと言ってはいたけれど、それは嘘。彼女もまた私と同じく彼に惹かれ、そして私とは違う道を歩み出してしまった。同じ人を想うというのに、私は頬に皺を増やし、彼女は若かりしあの頃を面影を取り戻すという真逆の道を選んだ。
 あの方――アローラス様はもうこの世にはおられない。けれど。

「夢、なのでしょうか」
「不思議か?」
「ええ」
「そうだな。不思議に思うのが道理だな」

 今はアスラムと名乗られている目の前のお人は、昔と変わらずの私が愛した朗らかな笑みを見せる。本当に酷いお人。私の、この癒えた筈の恋傷を優しく疼かせる。

「でも、あの頃とは少し違う様にも見えます。父性、ですわね。初々しいさありませんわ」

 アローラス様の隣を約束された方がアローラス様に与えられた父性。心の豊かさ。ああ、敵わない。お二人共が既に亡くなられているというのに、羨ましい。

「本当に、恋というものは厄介なものですわね。人からすれば老婆とも言えるこの私の心を揺さぶるのですから。……今も、ずっと変わらず、お慕いしておりますわ、アローラス様。亡き奥方様も、敬愛しておりますわ」
「ナマエ」
「ありがとう、と言ってもらえると私は嬉しいのですよ、アローラス――いえ、アスラム様」

 今一度、この想いに別れを告げましょう。納得が往くまで、何度と。
 このお方とどうにかなりたいわけではない。夢見ることは無いとは言えない。それでも、私は優しく微笑まれる今のアスラム様が見ていたい。ユーディル殿下を慈しむ笑みが。

「アスラム様のその微笑み、とても素敵ですわ」