秒速の恋


 年初めを祝い、福を届ける為に遠方のヒノモトから来られたという彼は、とても美しい人だった。
 ――好き。
 一目惚れだった。艶やかな長い黒髪。優し気な目元に、内面を映すかのような落ち着いた声色。佇まいからしてただのお人ではないと感じてはいたけれど、私の目は惹かれたままで、彼の背を追ってしまう。
 何日経とうとも、未だ近付くことも出来ない。そんな勇気はない。けれど、確かに私は彼に惹かれていて、口には出さないけれど好きだと、確かに感じていた。
 今はそれだけで十分だ。彼の周りには山茶花を髪に挿す嫋やかな女性が居る。牡丹の花が似合う溌剌とした可愛らしい女の子も居る。そして、異国の出とも見られる眼光の鋭い男の人も、いつだって傍に居る。私が話し掛けることはおろか、近付くことも敵わない。彼は守られるべき人で、私のような場に似合わない人間が関わってはいけない。
 だから、ここでいい。

「ここで良いのよ」
「邪魔です、ナマエさん」
「お願い、もう少しだけここに隠れさせて、ねえ、お願いよ、クラウ~」
「駄目です、さあ、出て来てください! そこ、片付けないといけないんですから」

 大量に積まれたシーツの影に身を潜めていた私は聖城の管理者クラウのお小言に捉まってしまった。てきぱきと畳まれていくシーツに私の隠れ場所が無くなってしまう。頭一つ分出てしまったところで私は固まった。
 どんな時でも、視界に入らないように気を付けて隠れてきたのに、ここに来て彼の――イエヤスさんの目と合ってしまった。

「ひゃあああああぁぁっ」
「ああっ、ナマエさん! 何てことするんですか!」

 とんでもない声を出しながら私はまだ畳まれていないシーツの山に頭を埋めてしまった。見付かってしまった。もう駄目だ。密やかに想い見てきたというのに、それも出来なくなる。恥ずかしい。

「クラウさん~、助けてえええぇ~」
「何を言ってるんです、もう! こんなに床に落として……洗い直しですよ! ナマエさんには付き合ってもらいますからね! さあ、出て来てください!」
「今は駄目~」

 遠くから見ているだけで良かった。向けられることのない、微笑みが好きだった。けれど、もう私は彼を見ることはきっと出来なくなるだろう。一度でも目が合ってしまった。目があった、あの瞬間の何とも言えない感情が、私はとにかく恥ずかしくて。

「消えたああぁぃ、許してえぇぇ」
「許しません」

 隠せなかった恥ずかしい私を、華奢な腕をしたクラウがシーツの山からずるずると引き出して洗い場へ連行する。もう、このまま聖城から出て行こう。ストーカーと知られる前に、出て行こう。さようなら、私の眼福イエヤスさん。





「……やっと見付けられた」
「イエヤス様、どうされたんで?」
「いえ、いつもどこからか見られてる気配はあったのですが、誰なのか分からなかったので。でも、やっと知ることが出来た」
「ほう、俺達の目を掻い潜って殿を見ていたってわけか。そいつはすごいな」
「イエヤス様、探ってみましょうか?」
「その必要はありません。あとで、私が会いに行きます」

 面白そうな人に会うのは楽しみですから。