レイラを失ってから二年が過ぎた。今ではどんな声でどんな笑顔だったか、朧げにしか思い返せない。けど、レイラへの想いは今も胸の中で息をしている。
 最後に触れたのは、冷たく硬くなったレイラの身体だ。とても硬かった。その硬さから殺されたのがそう遠くない時間であったと理解した自分が、少し恨めしくも思った。一心に悲しんでやれなかった。ただひたすら、怒りを抑えるのに必死で、平常を装うことに努めていた。俺が眠れなくなったのはその時からだ。周りの景色すら淀んで見える程に。
 オスティア家に仕え、密偵として在る自分に覚悟はしていた。もちろん、レイラのことも。だから、レイラの死を嘆くことはしない。レイラは自分の務めをきちんと果たした。ただ、レイラを失った後の自分のことは覚悟していなかった。

「マシュー!」

 バチンッと鈍い音が室内に響き、俺の頬に痛みが走る。ぐっと歯の奥を食い縛り堪えると、目前にルッツェの笑顔があった。

「いい加減に目覚めなさい、マシュー!」

 俺の世界から失われた筈の色が、ルッツェの一言で蘇る。俺は彼女に救われた。そしてそれは今も続いてる。

「まーたレイラのこと思ってたの?」
「本当に……少しも遠慮とかしないのな」
「レイラのことを大切に思ってるのは俺一人だけみたいな顔してるからよ」

 ルッツェはレイラの幼馴染だ。以前は俺やレイラと同じく密偵として働いていたが、利き腕を負傷してからはもともと趣味だった料理で今もオスティア家で働いている。
 食堂の片隅でパンを手に物思いに耽っていた俺に喝を入れに来る程には、今は暇らしい。

「ちゃんと食べてる?」
「食べてる食べてる。ほら」
「そうじゃなくて……最近、顔見てなかったから、任務先でちゃんと食べてるのか、ね」
「ふっ」
「何がおかしいの?」

 レイラが居なくなってから、ルッツェはより一層、俺に世話を焼くようになった。最初はレイラを失った悲しみを俺の世話で紛らわしてるのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。