肌寒い季節になった。虫の音は聞こえなくなり、薬草園には子を産みに来たかまきりを多く見かけるようになった。
「伊作、そっちじゃない」
「ああ、ごめん、栢丸。ちょっと気になって」
「薬草園は数馬達に任せているんだろう?」
 僕と栢丸は食堂のおばちゃんの手伝いに、これから秋山に入るところだった。この時期は渋柿の収穫に、必ず上級生が選ばれる。秋山には冬眠を控えた熊が出没するからだ。流石に下級生を連れては行けない。大きな籠を背負いながら、薬草園の傍を通り、秋山へ続く道へ歩き出す。前を歩く迫丸は、本当はみつねという女の子であるというのに、正直、僕よりもとても頼もしい。背負う籠の大きさがみつねを華奢に見せるけど、手合えば僕は負けてしまうだろう。実力はある。そんな女の子だ。でも今は男として僕の前を歩く。
「ねえ、みつね」
「栢丸だ」
「じゃあ、栢丸」
「何だ」
「干し柿作りが終わったらさ、うどん食べに行こう」
「作るのは明日だろう?」
「うん、だから、明日行こう」
 落ちる葉が多くなってきたのか、小さな山道が落ち葉で埋められていた。その上をサクサクと音を鳴らしながら進む。
「干し柿作ってたら、暮れるぞ」
「その次の日にでも良いから、行こうよ」
「そんなにうどんが食べたいのか?」
「うん。君とね」
 一度足りと振り返らないみつねに、僕は懸命に話し掛ける。山道を進んでいるから、体力を損なう会話は慎んだ方が良いということも分かってはいるけど、それでも僕はみつねと話したくて――共に在るこの時が嬉しくて、明日、明後日と先の約束を取り付けようと必死だった。でないと、みつねはすぐどこかへ行ってしまう。
 みつねは仙蔵のことを好いている。仙蔵もみつねを好いている。でも、二人はすれ違ったままだ。みつねは栢丸であることを仙蔵に打ち明けるつもりはないみたいだし、仙蔵も栢丸がみつねであると気付いていない。二人は両想いなんだ。すれ違ってはいるけれど。だから、僕も諦めきれないでいる。僕はずっと、みつねのことが好きだ。みつねという本当の名を知る前からずっと、栢丸の姿で頑張るみつねを見てきた。僕だけが知っていた。栢丸は女の子で、一人男として努力を重ねてきたということも。僕だけが知っていたんだ。
 みつねは僕の気持ちを知っている。はっきりと断られても、僕が諦めないということも気付いている。僕の言葉に返事ではなく溜息で返してきたみつねは、ふと立ち止まって男の顔で振り返ってきた。
「ならば、皆で行こう」