五分前の恋心
一目見るだけで胸が熱くなる。見られていないから目で追い掛けるのに、見られると見ていなかったよと振舞おうとする。意識している自分を知られたくなくて――けれど、知って欲しくて、口にする言葉はどれも素っ気無い。
「その紅、新しいのだね」
覗き込んできた利吉さんとの距離がとても近く感じて、私は一歩退いてしまった。顔を下に向けなかったのは、利吉さんに私が意識しているということを気付かれたくなかったからだけど、視線を外してしまう私の気持ちに気付いているのか態と顔を寄せてくる。
「父上が差していた紅と同じ色合いだ」
利吉さんの言葉に煩く感じていた胸のときめきが消えた。目を合わせるのがあんなにも嫌に感じていたのに、ふと見遣ればにこやかな笑みで悪びれも無く「父上は――」と山田伝蔵先生のお話を口にする。
「そう……なんですか」
山田先生が嫌いなわけじゃない。むしろ尊敬している。でも、山田先生の女装時のお姿と同列に見られることでこんなにも冷めた気持ちにさせられるとは思わなかった。それもどことなく嬉しそうに話されるものだから、心地好かったはずの胸のときめきは戻って来ることはなくて。
「あ、それじゃあ、私はこれで……」
「これから実習だったね。頑張っておいで!」
爽やかな仕草で見送ってくれる利吉さんに私は「はい」としか答えられなかった。
Title by Hinge(20150813)