「ブラッドさん!」
「何だ、マノか」
「何それー! そうですよ、マノですよーだ。ローラじゃなくてごめんなさいねー」
「いや、そういう意味で言ったんじゃない」

 背後から近付いてくる気配は分かった。それがローラでない事も。当然、マノが近付いて来ているという事も分かっていた。 いつもなら俺の背中に真っ直ぐに抱き付いてくるマノが、何も無しに声を掛けてきただけ――という行動に「何だ」と答えてしまっただけに過ぎない。

「じゃあ、どういう意味だったんですかー? ……本当はローラが来るの、待ってたんでしょ?」

 いつもローラと居て、いつもローラの隣で元気な笑顔を見せてくるマノ。天然で穏やかなローラと違い、少し対照的な雰囲気を持つマノだが、姿形は似ずとも、二人は仲の良い姉妹と思えるほど。 マノにとって、その言葉は俺に対しての想い言葉なのか、それともローラに対しての言葉なのか、未だに理解出来ないでいた。一度間違えてしまえば、俺が傷付くかマノが傷付いてしまう。

「俺が待っていたのはローラじゃないさ」
「えっ、でも、ここって待合室でしょ?」
「俺がいつも待っているのは……」

 言えるわけが無い。間違える事に臆病になっている自分が。

「そんな事より、マノはどうしたんだ?」
「私?」
「ここで誰かと待ち合わせか?」
「ううん、廊下の窓からブラッドさんの姿が見えたから来ただけよ」
「そうか」

 にっこり笑顔で見上げて来るマノの頭を、ぽんぽん軽く叩き撫でてやる。マノはこれが好きだという事を俺は知っている。

「いつも俺の背中に突進してくるのに、今日は静かだな」
「だって今日は……一日くらい、良いかなーって」

 不思議そうな顔をしていたんだろうな、俺は。マノが俺の顔を見て恥ずかしそうに笑んでくる。

「いつもいつもブラッドさんを困らせていたから、ね?」
「困っていたか、俺は?」
「えっ、困っていないの?」
「むしろ、今日はどこから来るかとか、楽しみだけどな」
「ほんとに……?」

 悪戯好きで、お転婆で、けれど、元気を皆に振り撒く修道女。マノが頬を綻ばすだけで皆笑顔になれるというのに、そんな彼女を困った人などと決め付けられるわけがない。

「今日は少し寂しかったぞ」
「……し、仕切りなおしてくるっ!」

 顔を真っ赤にして部屋を出て行ったマノの背を見詰めながら、ブラッドは一人綻びそうになる口元に手を当て、窓の外の空を見上げた。