ここは呼吸をするところ



※スノウの親愛ストーリー「望んだ代償」を含むお話です。ご注意ください。

 ホワイトという魔法使いは、こんなにも涙を見せる人だっただろうか。ぽろぽろと零れる涙をいつものようにてのひらで優しく拭ってやる。体温を感じないホワイトの頬は空気の冷たさを宿して少しひんやりと冷たくて、生きた身体ではないのだとプリネスは改めて感じた。

「お口、あーんして」

 素直に開かれた小さな口に、ぽんと手製のシュガーを一粒入れる。ほっと肩を落ち着かせるホワイトの頭を撫でながら寄り添えば、涙で潤んだ目を閉じてホワイトの唇がようやくいつもの口角に戻った。
 ホワイトは時折、夢を見るのが怖いとプリネスに言う。スノウと共に見る夢はどれも楽しいものばかりではないのだとも。何よりも、命を別つことになった時の悲しくも恐ろしい激情を乗せた夢を見てしまうのではと、心細くなるのだ。

「怖い夢、怖い夢、飛んでいけ~ってして?」
「はいはい。怖い夢、飛んでいけー」
「感情がこもってないのう……」

 少年の姿で可愛らしくお願い出来る程には元気が出てきたホワイトを見て、プリネスは笑みを溢した。
 プリネスに出来ることは、夢見の悪い人に『呪い』を込めたシュガーを与えることだけだ。見たくない夢から遠ざかる『呪い』が込められたプリネスのシュガーは、ファウストのような<大いなる厄災>の傷には効果は無いが、望まない夢からホワイトを守ることが出来る程度の力はある。

「対価はきちんともらわないとね、ホワイト」
「どうしても?」
「そうだよ。私のシュガーはそれ相応の価値があるからね」

 可愛らしく上目遣いにプリネスを見上げるホワイトの仕草に、プリネスも負けじと余裕を見せる。スノウと喧嘩したの? とは聞かないプリネスの優しさに、ホワイトは少しばかり気分を良くして。

「ならば、仕方がないのう。実はな、スノウが――」

 いつからか、プリネスを手放せなくなってしまった。ふと思いながら、ホワイトの手がプリネスの腕を引き寄せる。
 双子とはいえ、双子だからこそ、喧嘩もする。楽しいことばかりではない。そんな時の逃げ道として、プリネスが程良い距離に居てくれる。だからこそ、手放せない。プリネスはスノウとホワイトが二人で一つである為に必要な場所だった。ホワイトの話を聞いたところで深く干渉するでもなく、だからといって無関心で居るというわけでもないプリネスの距離感が、ホワイトにとって、そしてスノウにとっても、心地の良いものになっていた。
 スノウと喧嘩をした時は、必ずと言って良いくらいにはプリネスのもとを訪れる。スノウへの悪口を並べて、スノウが謝ってくるのをプリネスによしよしと絆されながら待つのだ。
 だが、今回は違う。大きな喧嘩をしたわけではない。ただ夢見が悪かった。スノウとホワイトは同じ夢を見る。だからこそ、避けては通れない夢というものがある。

「また見てしまったんだね」

 小さく頷くホワイトの頬が、再び涙に濡れていく。ホワイトにとって悲しくて、寂しくて、悔しい程に苦しい――置いて行かれる夢。それは今のスノウも望まない夢であるというのに何度と見てしまう二人の孤独な夢だ。

「プリネスよ」

 呼ばれた途端に、プリネスの身体はホワイトに押し倒された。いつの間にか大人の姿になったホワイトが泣きながらプリネスを見下ろして、懇願する。顔の良い青年の泣き顔というものは時に扇情的に見えるもので、声まで艶めいて届く。

「我は夜を迎えるのが怖い。夜には我とスノウは一つの額縁の中に並べられてしまう。スノウの顔を見るのが怖いんじゃ……のう、プリネス。我を癒やしてくれまいか?」

 プリネスの頬を滑るホワイトの指先がプリネスの唇を優しく撫で上げる。潤んだ金の瞳は切なさを募らせていた。

「対価に見合わないことはしないって決めているから、今日はこれで我慢してね」

 大抵の女性はホワイトの懇願に身を許すのだろう。だが、プリネスはホワイトを引き寄せその耳元で優しく魔法を囁く。途端に少年の姿に戻るホワイトを抱き締め、プリネスの手が子をあやすようにホワイトの髪を梳いた。

「……我の誘いをこうもかわすとは」
「おや、元気みたい?」
「元気じゃないもん。面白くないだけだもん」
「はいはい。ふふっ、可愛い兄さま」

 濡れたままのホワイトの頬を両の手で少し乱暴に拭って、拗ねたままのその顔にプリネスは微笑んだ。
 プリネスのシュガーは嫌な夢を遠ざけるだけでなく、気分を晴れやかにする効果もある。シュガーを口にする前ならば――と、ふとプリネスは思いを巡らせるものの、それ以上はと頭を振る。

「ホワイト、今夜は楽しい夢が見られるよ。夕食を作って、スノウと仲直りをしよう」
「……そうじゃな。あやつの好きなものを我が作ってやろう。感激して嬉し涙を溢すに違いない。そうしたら、今夜の夢は最高じゃ」

 喧嘩しても、気拙くても、幽霊であっても、呼吸が整っていく。一つゆっくりと息を吐いて、プリネスの首元に頬を埋めながらホワイトはスノウの好物を一つずつ思い浮かべるのだった。