キルロイと私は幼馴染だ。歳もそんなに離れてはいないし、家も近くだし、小さな村で生まれ育った私達はお互いが自然と意識し合う仲になっていたと思うし、それはこれからも変わらないと思っていた。けれど、あの日――大怪我をした女性がキルロイの家に運び込まれてから、何かが変わろうとしていた。
「僕はグレイル傭兵団に入る。だから、この村を出るよ」
月夜の下で肩を並べて話し合うことはよくあった。今夜も他愛ない話をして一日の終りを労うのだろうと思っていた。けれど、ここ最近のキルロイはグレイル傭兵団の人の話ばかりする。大怪我をして運び込まれた女性はティアマトさんといって、傭兵団の副団長さんらしい。少しガラの悪そうな男の人がシノンさん。私にも人懐っこい笑顔を見せて挨拶してくれるのがガトリーさん。キルロイの口から出てくる人の名前も、どんな人柄なのかも、もう覚えてしまった。
ティアマトさんの傷がある程度癒えて、他の団員の下へ帰らなければならないという話は今日の昼にキルロイのお家に行った時に聞いていた。村で唯一、杖が扱えるのはキルロイだけで、怪我人にずっと掛かり切りだったキルロイがようやく解放されるのだと胸を撫で下ろしたばかりなのに、キルロイは私にどこか嬉しそうに村を出るんだって話す。
「そう、なんだ。……キルロイが決めたことなら、良いんじゃない。傭兵団でも頑張って」
「……止めないの?」
「何で私が止めるのよ」
月明りを頼りに私の顔を不思議そうに覗き込んでくるキルロイがちょっと憎たらしくて、私は顔を背ける。いつだって私は彼の隣に居た。毎朝必ず、キルロイの額に手を当ててその日の調子を看てきたのも私だし、昔から寝込むことの多かったキルロイを一人にしたくなくて、小さな頃からずっと彼が寝入る寸前まで一緒に話したり遊んだりした。だから、キルロイには私が必要だ、だなんて、勝手に思い込んでいた。
ただ、私にキルロイが必要だっただけだ。そう、思い知らされた。
「昔から傭兵になりたいって言っていたじゃない。キルロイの夢が叶うのに、私が否定するわけないじゃない」
「すぐに熱を出すとか、体力的について行けるのかとか、言わないの?」
「そんな当たり前のこと、キルロイが一番分かっていることなのに……聞かないわよ」
「その割にはいつものように笑ってくれないね」
いつからだろう。私はいつの間にかキルロイの前で笑えなくなっていた。それは多分、ティアマトさん達が来てからだ。あの人達がキルロイをこの村から連れ出して行くのだろうと、察していたのかもしれない。
「そんなの、キルロイも分かっているのでしょう。私が今、どういう気持ちなのか」
「……うん、そうだね。分かる。ごめんね、アーティ」
「キルロイは何も悪くないのに、そう簡単に謝らないでよ」
振り向けないでいる私の頭を、いつの間にか男の人に成長していたキルロイの手が触れてくる。頭を撫でるなんて、いつもは私がしていることなのに。こういう時だけ、キルロイはずるい。
「行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
「手紙、書くから、キルロイもちゃんと書いてね」
「もちろん書くよ」
「おじさんとおばさんのことは私がちゃんと支えるから頼りにしてて。というか、いつも通り村の皆で協力し合うから、大丈夫」
「うん」
「無理しないこと。少しでも熱上がってきたなって思ったらすぐ横になること」
「うん」
「水分もきちんととって、食欲無くても食べられる分はきちんと食べること。それから――」
「アーティ」
キルロイの両手が私の顔を振り向かせる。目元から頬に掛けてキルロイの指が柔らかく撫でてくれて、そこでようやく私は泣いていたことに気付いた。気付いたら、喉の奥が引っ掛かって、声に乗る寂しさに止まらなくなってしまった。
「いつになるか分からないけど、ちゃんとアーティの下へ帰ってくるから」
キルロイの指は細くて、しなやか。でも、手は大きい。この手で傭兵団の傷を癒す。それがキルロイのお仕事になる。私の顔を包むキルロイの手に私の手を添えて、大きく頷き返すので精一杯だった。
行ってらっしゃい。どうか、元気で、無事で。
――と思っていたのが十日程前のことで。今、私は生まれ育った小さな村を出て、熱に魘されているキルロイの隣に居る。あの時の涙はなんだったのだろう。なんであんなにもキルロイの目の前で泣いてしまったのだろう。
「まさか私が呼び出されるとは思わなかったわ」
「ごめん、アーティ。迷惑、だったかい……?」
キルロイが熱を出した時は極端に食が細くなる。滋養のあるものを与えるだけでは駄目で、調理にも気を配らなければ食べられない時もある。大人になった今でもごく稀にあったりするけれど、それがまさか傭兵団に入って十日で倒れるなんて。
「私も暫くこっちにご厄介になることになったから、私が居る間は存分に甘えなさい」
「ありがとう……アーティ」
喋る暇があるなら寝ていて欲しいのだけど、私の手を掴むキルロイの言葉を聞き逃したくはない。数日離れていただけなのに、酷く懐かしく感じる。名前を呼ばれるだけで嬉しい。だから「なあに」って顔を寄せて聞き耳を立ててしまう。子供でもない、立派な大人の彼を甘やかしたくて仕方なくなるのだ。
「僕にはやっぱりアーティが必要みたいだ。このままずっと、傍に、居て欲しい……」
熱い息遣いの中で眠りに落ちたキルロイに、私は思わず頭突きした。もちろん、軽く。
「もう……私が甘いのはキルロイのそういうところのせいなんだからねっ」