私の目の前には、私が作った焼き菓子を食べてくれて、私が淹れた紅茶を飲んでくれる彼女――ヴェロニカ皇女の姿がある。表情を崩すことなく静かに口にしてくれるのだけど、それでも紅茶を飲んだ後に落ち着く小さな肩やゆっくり咀嚼する柔らかな頬の動きが堪らなく愛しいと感じる程に、私はヴェロニカ皇女が好きになっていた。
「お兄様のおはなし。してくれるのでしょう……?」
「ええ、そうですね」
私はヴェロニカ皇女のお兄さんであるブルーノさんと、短い間だったけれど一緒に居たことがある。私には傷を癒す力の他に邪気を浄化する力があるみたいで、そのことに気付かせてくれたのがブルーノさんだった。私が持つ浄化の力はブルーノさんやヴェロニカ皇女に流れる呪いの血の沸騰を抑えることが出来るみたいで、そのことに気付いたブルーノさんはアルフォンスの友人であるザカリアに戻る為に私の力を欲した。
エンブラの血はアスクを殺す呪いの血だと言っていたブルーノさんの悲し気な声を思い出す。あの頃はいろいろとあったけれど、今は、そう今は違う。アスク王国やエンブラ帝国のある世界ではない、別の世界に居るおかげか、ヴェロニカ皇女の中にある呪いの血も大人しい。ヴェロニカ皇女も、この世界ではエンブラ帝国の皇女ではなく、ただのヴェロニカだと言っていた。だから私は目の前に居るヴェロニカ皇女をブルーノさんの妹として、彼女が聞きたくて仕方ないブルーノさんのお話をしてあげる。そんな毎日を送っている。
私が話せることはアルフォンスに比べたらとても少ないというのに、それでも何度と、同じお話だったとしてもヴェロニカ皇女は私にブルーノさんのお話を聞いてくる。本当に、ブルーノさんに会いたくて仕方ないのだろう。普段の態度からせがむ様子ではないのだけど、言葉の端々からブルーノさんを恋しがっているように見えるのだから。
「ブルーノさんは情報通みたいだったから、今頃、ヴェロニカ皇女のこと心配されてるかもしれませんね」
ブルーノさんと一緒に居た時も、ヴェロニカ皇女のことをずっと気に掛けていた様子だった。年の離れた幼い妹が後の皇帝として担ぎ出され、エンブラの血に縛られていることをとても思い悩んでいた。ブルーノさんが呪いから解き放たれる術を探すのは、アルフォンスやシャロンとの友情もあるのだろうけど、幼い妹を自由にしたい為でもある。妹の傍に居られない辛さというのはきっと計り知れないだろう。
あちらは大丈夫だろうか。ブルーノさんもだけど、シャロンも、アンナさんも、エクラ君も皆、きっと心配している。
「……ねえ」
「はい?」
「お兄様のこと、そんなふうによんでいるのに、あたしは皇女のままなの、ずるいわ」
不機嫌そうな顔のまま紅茶を口にするヴェロニカ皇女に、何を言われたのか分からなかった。
「……ずるい……?」
「……あなたはお兄様のとくべつなんでしょう? お兄様がゆるしたあなたから皇女ってよばれるなんて……いや」
ヴェロニカ皇女が可愛い。視線を逸らして、少し剥れる頬が、拗ねているのだと私に教えてくれる。でも、私、ブルーノさんの特別な人ではないのだけど。と、言葉を続けたかったけれど、ちらりと見上げてきたヴェロニカ皇女の目が私の返答を期待しているみたいで、私の顔が一気に緩んでしまった。とっても可愛い。
「じゃあ、ヴェロニカさん……ってどうです?」
「……いいわ」
少しづつ。本当に少しづつ。でも、いつの間にか距離は縮まっていて、こんなにも近くに居て良いのかなって思うくらいに、今の距離が嬉しい。
「……アスカは、きらいじゃないわ」
もしかしたら私の浄化の力によるものなのかもしれない。エンブラ帝国とは無縁の世界だから、私に好意的になってくれているだけなのかもしれない。それでも、今だけはヴェロニカさんとのお茶する毎日が嬉しくて仕方なかった。
Title by tiptoe(20200517)