君を奪うスイッチ

― 君が好きだから ―

 初めてアルフォンスと繋がった時も、何度と身体を重ねて来ても、ふと思ってしまうことがある。アルフォンスは、私と出会う前は誰とこういうことをしてきたんだろうって。アルフォンスのことが気になる女性はたくさん居る筈。王族といっても、もしかしたら世継ぎのことも考えてそういう面での教育もあったのかもしれない。そうでなければ、納得がいかないくらい、彼は――。

「アスカ?」
「は、はい……?」
「考え事かい?」

 ついさっきまで私を翻弄していた大きな手が、今は優しく頬に触れてくる。見下ろされる微笑みもいつものアルフォンスで、そんな彼に私があれこれとアルフォンスの性事情を考えていただなんて口が裂けても言えない。けれど、私はどうも顔に出てしまうみたいで、じっと見つめられるアルフォンスの目に見透かされている気もしてしまって、顔を背けることでしか逃げられないでいた。
 こんなに顔の良い、それも王子様なんだから。女性も引く手あまただろうに。過去に居たかも分からない女性達に嫉妬してしまう。
 私の背からそっと未だ露わにしているアルフォンスの上半身が包み込んできて、その冷めない熱さに幸せだと感じてしまう私は案外ちょろいもので。「何か悩み事があるなら話してごらん」って耳元で囁かれて、頭のてっぺんをその大きな手で撫でてくるものだから、つい。そう、つい。

「……アルフォンスは、どこでこういうことを学んできたのかなって、思ってしまったんです」

 恥ずかしながら、私にとっての初めての男性はアルフォンスだ。抱き締められたのも、手を繋いだのも、キスをしたのも、あ、あんな行為をしたのも、全部、アルフォンスが初めてだ。そもそも、私は対人することに臆病になっているところがあって、こんなにも優しく接してくれる人なんて彼に出会うまで居なかった。だから余計に気になってしまうのかもしれない。アルフォンスの初めても、私であったら良いのにって。
 アルフォンスが今どんな顔をしているのか知りたいというのに、振り向くのが少し怖い。男性にとってしつこい女は嫌いかもしれないって、どこかで聞いたことがあったから。特に、情事の後は注意が必要だとも。

「や、やっぱり、聞かなかったことにしてくださいっ」

 どこで学んできたかだなんて、失礼にも程がある。この間、男の人は結構見栄っ張りなところがあるんだよってエクラ君も言っていた。経験があろうとなかろうと、好きな子の前では何でもかんでもエスコートしたいものだって。もしも、アルフォンスもそう思ってたら、話したくないもののはず。教育を受けていたとか、他の女性から手解き受けてたとか、いろんな女性と繋がることで得たものだとか、そんなこと、話したがるものでもない。
 何が不満なんだろう。何でこんなにもすっきりとしないのだろう。今の彼が好きでいてくれているのはこの私だって、分かっているのに。何で、私の知らない彼のことまで独占したがるんだろう。

「やっぱり痛かったんだね……すまない。その、不慣れでね。書物の通りにはなかなかいかないものだね」
「……しょもつ?」

 そっと振り返り見れば、どこか悲しそうに微笑むアルフォンスの顔があった。

「痛かったら我慢せずに言って欲しい。どうすれば気持ち好くしてあげられるのか、僕も知りたいから」
「え……違います! すごく気持ち好いですよ! ――って、ああっ」

 反射的に何を言ってしまったんだろう。自分で聞いておいて。勘違いさせてしまった上に自分で答えて。すごく、すごく恥ずかしい。
 そうだ。アルフォンスは読書家だ。それでいて、論理的で、慎重な性格なのに行動的。書物の知識と、実践での経験積みに、顔に似合わず貪欲な人だった。
 アルフォンスから受ける愛撫も、心地好さも、何もかも、私の反応からの行動で。だから、あんなにも気持ち好くて、心も満たされて。

「アスカ、隠れないで」
「いいい嫌です、隠れます……恥ずかしい……」

 アルフォンスの声は優しいのに少し強引にシーツを引き剥がされて、さっきとは違ってどこか嬉しそうな顔で見下ろされた。

「君は僕以外の男にそういう顔見せてはいけないからね」
「そ、そういう顔って――んぅ」
「ほら、そういう顔」

 顔をあまり見られたくなくて腕を前に出したというのに、私の腕はアルフォンスに掴まれて真っ直ぐと見詰められる。本当に、近い。近いし、恥ずかしい。

「少し、意地悪かな?」
「……少しじゃないです。十分、意地悪ですよ」

 きっと今の私は真っ赤な顔してる。いつだって私はアルフォンスを前にすると余裕が無くて、どきどきしてしまって、この気持ちを見透かされないように顔を背けようとする。でも、今は背けられない。背けられる場所が無い。そんな時はもう開き直るしかなくて。

「アルフォンスが、その、してくれるのが、どれも気持ち好くて……ほ、他の女性とたくさんしてきたんじゃって思ったら、悔しくて」

 アルフォンスを前にすると私は嘘が吐けなくなる。言わないでいれば良いのにって思うことでも言ってしまう。自分の口から他の女の人の話をして、喉の奥がかあっと熱くなってから本当に私ってばかだなあって気付く。否定して欲しい。そんな気持ちが強くて、こんな自分が恥ずかしくて、なんか嫌だ。

「アスカ……僕はね」

 目元が熱くなる。じわりと滲む視界に見えるアルフォンスの顔に、一瞬、どきっとした。

「君のそういうところが堪らなく好きなんだ。……もう一回、いいかな」

 いいかなって聞いておきながら、私の返事を待たずにアルフォンスは深いキスを私にする。頬、耳、頭へと撫でてくれるアルフォンスの手に、さっきまでの不安が消えていく。うん、私、アルフォンスのこの手が好き。アルフォンスが好きだ。