空の明るみに赤み差す頃。エクラは己の力を込めたオーブを手に異界の英雄を召喚した。いつものように、淡々と。召喚された英雄の顔を見て笑顔で出迎える。それがエクラの召喚スタイルだった。
だが、その日ばかりは笑顔で出迎えることが出来なかった。
花嫁のブーケをかけて戦ったフィヨルムは、偶然にも受け取ってしまったそのブーケを両の手の中で持て余していた。花嫁姿の自分に返すべき。そう、シャロンの手前では取り繕ったものの、いざ花嫁姿の自分に会いに行こうにも勇気が持てず、少し気持ちを整理してからにしようと座った中庭の長椅子にフィヨルムは四半刻程居座ったままだった。
花嫁の祭典の為に異界から呼び寄せた英雄の一人に自分が居る――それも花嫁姿の自分が。そう振り返り思っては複雑な気持ちを抱えていた。
「花嫁姿のフィヨルム、綺麗だったなあ」
「エクラ様!?」
頭の上から聞こえてきた声に、フィヨルムは僅かに飛び跳ねた。思わず立ち上がろうとしたところを何とか留めたのだが、エクラに気付かれてはいないだろうかと焦りが増す。
「花嫁の祭の為に召喚して欲しい言われて喚び出したは良いんだけど、いつも見ている君が花嫁姿で現れた時はすげえびっくりしたよ」
フィヨルムの隣にどかっと座り込んだエクラは、目深に被ったままのフードを徐ろに外しながらフィヨルムの顔を覗き込んだ。
「俺の為に来てくれたのかなーってさ」
途端にフィヨルムの顔が赤らんでいく。フィヨルムの少し困ったような、それでいて返す言葉を探している様子に、エクラも「……なーんて、彼女が居たことないもんだからさ、ちょっと夢見ちゃったよ。ごめんな」と人懐っこい笑顔を見せながら場を紛らわすことにした。
内面を見せたくない。それがエクラの本音だった。フィヨルムを召喚した時、その美しくも愛らしい姿に、胸が苦しくなった。その姿は誰の為の姿なんだ、と。こことは違う異界から喚んだのだから、その異界にはフィヨルムを花嫁の姿にした相手が居ることになる。突き付けられた現実に目を背けたくて仕方がなかった。だが、召喚師として在る今、そうもいかない。
「……アルフォンス王子は未来の私の姿なのかもしれないと言っていました」
控えめにも話始めたフィヨルムの声がエクラの耳に優しく届く。
「けど、私は私です。花嫁姿の私は違う異界のフィヨルムです。ここに居るエクラ様に助けていただいたのも、ずっと傍で見てきたのも彼女ではなく、私です」
フィヨルムの両手が花嫁のブーケを握り直す。何か決意をしたのか、凛として見えるフィヨルムの横顔にエクラの目は逸らすことが出来ないでいた。
「エクラ様、私はあなたのことが――」
「待った」
思わずフィヨルムの口元を手で覆って、続く言葉を止めてしまった。フィヨルムの目が悲しそうに潤む。それでも涙を出すまいと動かないでいるフィヨルムに、エクラは言葉を詰まらせた。
「ごめん……俺のわがまま、通させて」
フィヨルムの目を見れば、続けようとしていた言葉が何であるのか、容易く分かってしまった。だからこそ、遮った。まだ、その言葉は聞くことは出来ない。聞いてしまえば、どの異界であってもフィヨルムの隣には自分が居る筈だと大きな期待を抱いてしまう。
異界から喚び出した花嫁のフィヨルムの言葉をエクラは思い返していた。「あの方」と、彼女は口にしたのだ。エクラを前にエクラの名ではなく「あの方」と。「あの方」は自分ではない。そのことを知っているからこそ、フィヨルムの言葉を聞いてはいけない気がした。
たった一言、「好きだ」と言えればどんなに幸せだろう。
「覚悟が出来たら俺から言わせて。だから、それまでは」
フィヨルムの口元を覆ったままの手の甲に、エクラは唇を寄せた。
いつの日か、フィヨルムに想いを伝えられるその時までは、変わらずの日々を。そう願いながら、エクラはフィヨルムに微笑んだ。
「フィヨルムの隣を俺の為に空けておいて」
卑怯で、臆病で、女の子を待たせる酷い俺だけど、でも、それでも、君が好きで、欲しくて堪らないんだ。
(20190715)