※注意※ 親世代のカップリングはアゼル×ティルテュとなります。

 アザリーねえさま。そう言って私の後ろを小さな足で追いかけてくる妹がとても可愛かったことをよく覚えている。私と兄さまがお母さまからお父さまとの思い出あるペンダントをもらったことも覚えている。お父さまのペンダントは兄さまがもらい、お母さまのペンダントは私がもらった。私達は妹を抱っこしたお母さまを間に挟んで座って、そのペンダントに込められた想い出をよく聞いた。私と兄さまが持つペンダントは二つしかない。そのことに妹は自分にもペンダントが欲しい、三人一緒が良いと泣きだしたこともあった。私が持っていたお母さまのペンダントをまだ小さい妹の首にそっと掛けて、妹に私の代わりに大事に持っていてねと伝えると可愛らしい笑顔を見せてくれた。どれも懐かしい思い出だ。
 でも、今は皆ばらばらになってしまった。私の可愛いティニー。いつも傍に居たアーサー兄さま。私達を守ってくれたお母さま。もう一度、会いたい。シレジアの寒さの中でも心温かだったあの時間をもう一度――取り戻したい。





「アザリー……アザリー」

 呼ばれた声で目覚めた。ひどく懐かしい夢を見ていた気がする。

「アザリー、大丈夫かい?」
「セリス、さま……?」
「ああ、良かった。……怖い夢でも見たのかい? 寝ながら泣き出したものだから心配したよ」

 温かな室内。窓際から差す光が眩しくて、私はまだぼんやりする頭のままセリス様を見上げた。記憶の中の兄さまのような、優しい人。何かある時も、そしてない時でも、セリス様は気に掛けてくれる。血の繋がりはなくとも、今の私の家族だ。
 すっと腰を下して、私の目の前にある机の上に両腕を組み乗せる。腕に顎を乗せ、そうして私を見上げるセリス様は「僕が聞いてあげる。話してごらん」と優しく私に微笑む。

「……頬が痛いです」

 右頬がじんわり痛みを打ってくる。

「ふっ……ははっ、はははっ。それは当たり前だよ」

 私の言葉に噴出したセリス様の声がやっぱり優しくて、「そうですね」と私も釣られて笑ってしまった。腕に頬を乗せて寝ていれば跡が付く程には痛いはず。でも頬や目尻に落ち流れていた涙が酷く冷たく感じてもいた。拭おうと手の甲を近付けると、そっとセリス様が手を伸ばして、私の目元から頬に掛けて流れたその涙を指の腹で拭ってくれた。

「僕じゃ役不足なら、ラナかラクチェを呼んでこようか?」
「セリス様で十分ですよ」
「じゃあ――」
「でも、何で泣いちゃったんでしょうね……懐かしい夢だった気がするんだけどな……」

 セリス様の言葉を遮ってしまったけど、セリス様を前にお母さま、それから兄さまと妹のお話はあまりしたくなかった。セリス様はお父様とお母様の記憶は無いと聞いたことがあったから、少しでもお母さま達と共に過ごした記憶がある私が、セリス様に恋しいとお話するのは贅沢に思えた。

「……僕が涙を引っ込めてしまったみたいだね」
「そんな、違いま――」
「涙は流せる時にたくさん流しておいた方が良い。すっきりするし、前を向く切っ掛けにもなる」

 セリス様の言葉に、沈み掛けていた心が軽くなった気がした。セリス様はまだ赤子だった頃にお母様が行方知れずになり、お父様をバーハラの戦いで亡くされた。私のお父さまもセリス様のお父様と共に戦い亡くなったと聞いた。同じだ。でも、セリス様はティルナノグで隠れ暮らす日々の中で生き残った者の宿命を負わされ、最近では光の公子とも呼ばれてる。泣き言一つ漏らさず、前を向いているのだ。私の――きっと皆の知らないところで、この人は泣いて来たんだ。
 そんなことを思いながらセリス様を見ていると、私の頬の涙の跡をぐりぐり親指で拭っていたセリス様の手が、まだ袖跡残る私の頬を優しく包み込む。長い指が耳に絡んできて、私の髪を優しく梳き上げて、髪を一房ほど握られる。私の少し癖のある髪を眺めるセリス様の瞳は、光の下で見るととても鮮やかな青の色で、とても優しい。

「夕空の下の色も好きだけど、やっぱり昼の光の温かな色合いあるこの髪が好きだな」
「……セリス様ってたくさんの女の子を泣かせてそうですね」
「アザリー、それどういう意味かな」

 思ったことを口にしたら、セリス様が怒り出した。セリス様は誰にでも優しい。きっとラナやラクチェにもこうして優しく接しているのだろう。ティルナノグに住む女の子達にもセリス様は優しい。厳密に言えば、女の子に限らず優しいのだけど。
 私達は幼い頃からティルナノグでひっそりと暮らしてきた。同じ屋根の下で、たくさんの時間を共有してきた。だから、セリス様に気に掛けてもらうと、幼い頃に別れた双子の兄さまを思い出してしまう。ずっと一緒だった。二人で小さな妹を守るんだと、約束しあった。今も生きていれば、兄さまの手もセリス様のような大きな手をしているのかな。

「僕はアザリーにしかしない」
「え、何がですか?」

 セリス様がまたしかめっ面を見せる。女の子のような――というと怒るから口にしないけど、中性的なお顔のセリス様がしかめっ面をしたところで、あまり迫力はない。けど、ここは素直に「ごめんなさい」と言っておくことで、頬を抓ろうとしてくるセリス様の力を緩めることが出来る。セリス様の手はやっぱり温かかった。それが私を安心させてくれる。セリス様の大きな手が私は好きだ。





 黄昏る空を窓越しに見ながら思うのは、同じ髪の色を持つ彼女――アザリーのことだった。
 アザリーが僕達のところにやってきたのは、まだ十も数えない歳の頃だった。レヴィンに連れられてやってきたアザリーは今とは違って、全く笑わない静かな子だった。燃えるような紅い髪。今はグランベル帝国を統べるアルヴィスの家の――ヴェルトマーの血が流れていると聞いた時は複雑な気持ちになったけど、最期まで父上と共に居た方の娘だと聞いてとても興味を惹かれた。オイフェもエーディンもアザリーの父君――アゼル様にとても似ていると言っていた。ただ、瞳の色だけは母譲りだとも。
 アザリーは晴れた日によく家の外の壊れた塀の上に座って、空を眺めていた。少し癖のある紅い髪が太陽の光を浴びて優しく煌めく。その煌めきが風に揺れて、とても綺麗だった。誰をも寄せ付けないアザリーの小さな背中を僕はたくさん見てきた。だから、余計に惹かれてしまったのかもしれない。何度目か孤独を感じさせるその小さな背中を見た時、そっと近付いてアザリーの手に黙って触れて、指を絡めた。途端に驚くアザリーの顔は、今も鮮明に覚えている。深く指を絡めて、ぎゅっと握る。言葉よりも行動で僕はアザリーをティルナノグの家族として引き入れた。――家族として引き入れたと、その時は思っていた。

「アザリーには僕がどう映っているんだろうな……」

 いつの間にか、僕にとってアザリーは家族というよりも、特別な女の子になっていた。少しづつ打ち解けていく中で見せてくれるようになった微笑みや、僕や家族に対するひたむきな思いやりが嬉しくて、気付けば僕の中でアザリーの存在がとても大きいものになっていた。
 父上の子としてではない、当時のグランベル王家の反逆者の子でもない、最近言われるようになってきた光の公子でもない、ただありのままの僕を見てくれるのはアザリーだけだった。僕に対する呼び方や言葉遣いは皆と変わらないけど、皆と違うのは僕を他の者達と分け隔てなくに接してくれることだ。血筋や家柄が見え隠れする関係じゃない。そのことがどんなに僕の心を救ってくれたか。アザリーの何気ない言葉や態度が、僕を僕で居させてくれる。
 以前、シャナンに守りたいものを見付けろと言われたことがある。ティルナノグの人達や共に暮らしてきた家族――仲間を守ることこそが、きっと光の公子としての答えなのだろう。そうすることで今ある世界の秩序を改めることがレヴィンの求める答えでもあるから。だけど、僕は皆の作る光の公子である前に、僕だ。ただ一人を守りたい――僕はアザリーを守りたい。アザリーの笑顔を守りたいと、日に日に気持ちが強くなる。あらゆる意味で誰にも奪われたくない。アザリーは僕にとって本当に特別なんだ。
 だというのに、アザリーに近付けば近付く程、自分がアザリーにとって大切な家族の一員であることを思い知らされる。何をしても男に対する女の子の反応ではないのだから悔しい気持ちになる。僕は母上に似ているらしいけど、それでも男であることには変わりない。喉仏もしっかりあるし、上背もある。

「……そういえば、アザリーには兄が居たと聞いたな」

 まさか、と喉の奥に言葉を飲み込み、僕は出したままの本を棚に閉まった。窓の外を見遣ればだいぶ暗んでいた。





 セリス様がおかしい。そう気付いたのは夕餉の支度をしている時だった。いつも自分のことを「僕」と言っていたセリス様が「私」と言っていることに気付いた。数刻の間に何かあったのだろうか。デルムッドと話しながらテーブルの上を整えていくセリス様の表情はどこか生き生きとしているけど、人目を憚って何事も無いと装っているのかもしれない。そんな気がした。だからといってセリス様にそのことを聞くのも野暮だ。セリス様の中で何かしらの心境の変化があったのだろう。私はそれを見守るだけで良いじゃないか。とは思うものの、少しだけ――そう、ほんの少しだけ寂しさを感じた。





 食器を洗って、よく乾拭いて、食器棚に戻す。夕餉の時間は皆が集まってとても賑やかになるのに、終われば各々の時間になるからか、居室の片付けも厨房での後始末も、当番である私一人でとても静かだった。当番の時はいつもはラクチェと一緒に行う。時々、スカサハだったり、デルムッドだったりする。ラナとレスターは教会住まいのエーディン様と共に居るから、この家では昼食の時に一緒になる。勿論、セリス様と当番の時もある。今日は本当はセリス様と一緒の筈だった。けど、オイフェさんとシャナン様に呼ばれてしまった。とても大事な話があるらしい。だから今夜は私一人で全てを担った。

「いつも誰かと一緒だったから、一人がこんなに静かだなんて思いもしなかったな……」

 誰に話す言葉でもなく、ぽつりと口にするだけで虚しさが胸を占める。本当は一人がどんなに心細いものか、私は知っていた。レヴィン様に拾われて、ティルナノグに連れて来られて、私は一人じゃなくなった。

「良かった、まだ居た」

 厨房の後始末を終えてこれから出ようとした矢先に、ひょっこりと現れたのはセリス様だった。

「お話は終わったんですね」
「一人でやらせてしまってごめんね」
「気にしないでください。私もちょうど全部終わったのでセリス様も休んでください」
「うん、ありがとう。アザリー……今少し話せるかな」
「はい?」
「大事な話なんだ」

 そう言って連れられたのは、私が片付けた居室。カーテンを閉め灯りも消した居室はとても暗くて、セリス様が手にしていた燭台の灯りを頼りに私は長椅子に座った。その隣にセリス様も座る。傍の卓に燭台を置くと、セリス様が私の方へと向き直って徐に私の手を取って握って来た。セリス様はよく私の手を包むように手首を握りながらお話することがある。それはとても真面目な話の時にするもので、セリス様がこれから話されることは私のことを心配して話す内容なのだと、自然と理解した。

「アザリーの母上はフリージ家のティルテュ公女だったね」
「……はい」
「さっき、オイフェからティルテュ公女の行方が分かったと聞いたんだ」
「お母さまが……どこにですか!?」

 セリス様が握る手に力が込められる。ぐっと圧されるその力は私の手を離すまいとしているみたいに思えて、セリス様の言葉を静かに待った。

「随分前に北トラキア王国に連れられ……亡くなったらしい。だけど、君の妹君は生きている。フリージ公爵家に匿われているんだ」
「……お母さまが、亡くなって……兄さまは……? ティニーと一緒に?」
「いや、兄君の情報までは得られなかったみたいだ……」
「そう、ですか……でも、ティニーは生きてる……良かった」

 お母さまにはもう会えない。兄さまの行方も分からない。でもティニーは生きている。不思議と涙は出てこなかった。私の中で、分かり切っていたことだったからだ。私と兄さまと二人で薪を拾いに家を出た時、私達は何者かに襲われた。必死に逃げて、兄さまとも逸れて。家に戻った時には、家の中は荒らされた状態で、家に居た筈のお母さまとティニーは居なくなっていた。助けを呼べる人なんていなかった。隣村まではたくさん歩く。ましてやシレジアは雪国で、その日は雪が降っていた。何もかも奪われた。誰に奪われたのか、その時は分かっていなかった。でも、今分かった。フリージ公爵家に奪われたんだ。
 頭が冴えてきた。でも心の奥底は熱くどろどろとしたものが燻っている。今はまだ落ち着いていられるのは、きっとセリス様のこの熱い手のおかげだ。目の前にフリージの者が居れば私は躊躇することなく私の渾身の力で襲い掛かっていることだろう。

「アザリー」
「大丈夫です……察していたので。ばらばらになってしまったあの日に、生きていないかもしれないって……思ったので」

 途方に暮れて寒さに身体が動かなくなったところをレヴィン様が拾ってくださった。世の不条理を教えてくださったのもレヴィン様で、幼い私ですらシレジアで生きる過酷さを身に染みて分かっていた。だから、あの時奪われてから、生きてまた会えるという可能性の低さを受け入れていた。それでも期待してしまっていた。諦めていたはずなのに、期待してしまう心までは制せなかった。お母さまに二度と会えない。ふと思った途端、喉の奥がかあっと熱くなる。だけど、泣く程ではない。泣いては駄目だ。セリス様の目の前で泣きたくない。

「セリス様、ありがとうございます。もうそろそろ、寝ましょう? 明日は私もセリス様と一緒にオイフェさんの軍事学を聞くんですから、早起きしないと!」
「……そうだね」

 握られたままのセリス様の手をそのまま引っ張って立ち上がる。傍にあった燭台を手に、セリス様の手を引いて私達は居室を出た。直ぐに「重いだろう。僕が持つよ」とセリス様に燭台を奪われ、先の私と同じように私の手を引いて前を歩く。そのセリス様の背中がとても大きく見えた。一つしか違わないのに、昔は同じくらいだった筈なのに、セリス様が大きく感じる。私も、セリス様のように強く在りたいな。
 この家はそこそこ広く、部屋数も一人一部屋とまではいかないものの十分にある。シャナン様とオイフェさん、そしてセリス様は一人部屋を使われているけど、私とラクチェ、スカサハとデルムッドは二人で一部屋を使っている。スカサハとデルムッドはまだ起きているのか、扉の隙間から薄っすら灯りが漏れていた。その先にある部屋は私とラクチェの部屋。でも、暗い。シャナン様の部屋も暗い。外でまた剣の稽古をつけてもらっているのかもしれない。

「アザリー、僕は――」
「ありがとうございます、セリス様。おやすみなさい」

 セリス様は優しい。きっと傍に居てくれようとしている。だから私を居室に連れていって、手を握ってくれていたんだろう。でも、今はセリス様にあまり顔を見られたくなかった。
 暗い部屋の扉を開けて、上手く笑えているか心配だけど今の私の精一杯の顔をセリス様に向ける。引き留められる前に扉を閉めて、そして――脱力した。強がっていた。泣く程じゃないと自分に言い聞かせていたのに、もう二度とお母さまの笑顔が見られないと思うと喉が震えた。まだ扉の向こうにはセリス様が居る。燭台の灯りが隙間から見えていた。だから、まだ声は出せない。出しちゃいけない。弱い私を見られたくなかった。
 一度ぐっと堪えれば、震えは次第に治まる。ゆっくりと私の寝台に腰掛けると、ずるっと滑り落ちて床に着く。もうこのままでいい。未だに扉の隙間から見える仄かな灯りに、セリス様には悪いことをしてしまったなという気持ちになる。

「ごめん、アザリー。入るよ」





 母君と妹君のことは、オイフェがアザリーに話す筈だった。でもきっとアザリーのことだからオイフェから話されたら泣けないんじゃないかと思った。だから、オイフェには僕から話すことを伝え、アザリーが素直に泣ける場所を作った。それでもアザリーは泣かなかった。また出会った頃の――ただひたすら静かに時を過ごしていたあの頃のアザリーに戻ってしまうんじゃないかと、不安で仕方なかった。だから僕はアザリーの部屋の前から離れられないでいる。一人にしたくない。そんな思いが僕の行動を後押しをした。
 有無も聞かず扉を開いて、見上げるアザリーの寂しそうな顔を見たら、女性の部屋に入る意味なんてどうでもいいと思うくらい胸が痛んだ。やっぱり一人にさせてはいけない。強引だけど部屋に入って良かった――と、扉を閉めながら胸内で肯定の言葉を並べると、僕はアザリーの隣に座った。ふと見上げると、窓の外に丸い月がはっきりと見える。燭台の火を消せば、僕とアザリーは月明りに照らされた。月を見上げながら、僕はアザリーの手を探り、ぎゅっと握る。びくんと跳ねたのも気にせず、強引に指を絡めて、逃がすまいと力を込めた。

「アザリーは一人じゃないんだ。僕が居る」
「セリス様……」
「僕に泣き顔を見せて。見せてくれない内は、この手は絶対に離さない」

 指絡め握る手を僕の胸に引き寄せて、アザリーの身を抱き締めた。アザリーの頭を僕の肩に撫で抑えると、暫くして小さな嗚咽が聞こえてくる。アザリーの空いている方の手が僕の服裾を掴んで引き寄せる様があまりにも――不謹慎にも可愛いと思ってしまった。





「セリス様、ありがとう、ございました……」
「落ち着いた……?」
「おかげさまで」

 私の泣き顔を見せてと言ってきたセリス様は、私が隠そうとしても無理矢理顔を掴んでじっくり見てくる。かなり酷い。優しいけど、意地悪だ。一度決めたことはなかなか曲げない頑固者でもあるから、私はされるがままになるしかなくて。セリス様には本当に敵わない。残る涙を大きな手で包んで指で拭ってくれる。それが酷く嬉しい。

「僕の言った通りだったろう?」

 泣いた分だけ軽くなった気がした。向き合わなければならないことがそのままだけど、でも感情的になりつつあった私は落ち着くことが出来た。こうしてセリス様も行き場の無い感情を一人で泣いて乗り越えてきたのかな。
 私の顔を未だ離す気配のないセリス様。やってることは意地悪だけど、月明りの下で見るセリス様の眼は優しい。澄んだ青の眼がとても綺麗で吸い込まれそうに思えた。

「……セリス様、自分のこと『僕』って、言ってますよ?」

 微笑んでいたセリス様の顔が途端にあからさまな笑顔になる。聞かないでおこうと思っていたのに、つい聞いてしまった。私を気遣ってくれるこの人がとても気になってしまったから。強い人だと思うのに、実はそんなに強い人ではないんじゃないかって、思ってしまう。光の公子と謳われるようになってきた最近は特にそう思う。

「僕が僕って言って何かいけないのかな」
「そうじゃなくて……今日、セリス様がデルムッドと話している時とか、食事の時も『私』って言っていたから、どうしたのかなと……思って……」

 からかいたいからとか、そんな半端な気持ちで聞きたいと思ったんじゃない。純粋に、セリス様のことが知りたかった。ぎゅっと握ってくれる大きな手も、頬に触れて涙を拭ってくれる優しい手も、自分の弱さを知っているからこそ人に優しく触れることが出来るんじゃないかって。その弱さをセリス様はどうしてるのだろう。少し瞠目するセリス様の目を見詰めながら、私は頬に触れたままのそのセリス様の手にそっと私の手を添えた。

「セリス様はいつも私や皆のことを気に掛けてくれます。けど、セリス様は……セリス様がいつ泣いているのかなって、思って。私の目から見てもセリス様は前向きで、下を向かない努力をされているのかなって思うんですけど、でも、セリス様にだって辛いことたくさんあるはずで……」
「……ありがとう、アザリー。だから僕は君の前では『僕』のままなんだよ……『私』である必要がない。僕を『僕』で居させてくれる」

 泣きそうな微笑みでセリス様は私を胸に引き寄せた。力強くて、中性的なお顔のせいで華奢に見えるけど、実際にはとてもがっしりとしている身体。男の人なんだと、知らされた。途端に私の身体は熱くなる。どきどきして、セリス様の優しい匂いを感じて、どうしたら良いのか分からなくなった。

「セ、セリスさ、ま……あの……」
「様は付けないで……僕をセリスって呼んで。二人の時だけでも良いから、お願いだ」
「……セリス?」
「敬語も無しだよ」
「うん……わかった」

 セリス様が『私』と『僕』とを使い分ける意味が分かった。人に弱さを見せない為だ。光の公子と呼ばれ、いずれはこの地を離れる時が来る。人を統べる人間にならざるを得ない時の為の使い分けだったんだ。セリス様の肩に乗る荷がどれほどのものなのか私には知り得ないことだけど、それでも、少しでもその荷を軽くすることが出来るのなら、何だってやろう。優しさに包み込んで、一人ではないことを教えてくれたのはセリス様なのだから。

「それからね、アザリー」

 耳元でセリス様の声が擽ってくる。思わず肩を窄めてしまった私の頬に、こめかみに、瞼に、額に、そして少し強引に持ち上げられた私の口端に、一つ一つセリス様の唇が触れてきた。

「僕は男だから。それだけははっきりさせたい」

 兄さまのような人と思っていたのに、そんなことを忘れてしまうくらいに、私はセリス様が男の人だったのだと思い知らされた。

「セリス、様」
「セリス、だよ」
「……セリス、あの」
「何だい?」

 顔はきっと赤い。でも、セリス様のはにかむ頬も赤らんでいる。私はもう、セリス様を兄さまと重ねることが出来ない。それが少し寂しいと思うのに、でも、胸がどくんと大きく鳴るのが分かるくらいに嫌じゃないと思ってしまう。そんなことを考えていたら絡めたままの私の指先に、セリス様の唇がまた一つ落とされる。

「は、恥ずかしいです」
「そんな可愛いアザリーが、僕は好きだよ」